PHASE-278【膿を出す機会を得ることが出来そう】

「うむ。よき目覚めよ」

 パターンとしてはおいしい思いをすると、手痛い目に遭うと思うじゃろ。

 でもクエスト頑張ったご褒美だったんだね、きっと。

 昨日は何事もなく、甘い香りの柔らか弾力ボディを持つ三人に抱きつかれた最高の一日だっただけ。

 幸せ以外は何も起こらないという素晴らしいものだった。


「おはよう」


「ん? 早いなトール」

 自室から出れば、通路でベルとばったり。何とも機嫌がいいようだ。

 

 昨日は俺に抱きついたことが恥ずかしかったのか、ダイヒレン撤収後は、俺と顔を合わせなかったが、今はすこぶる機嫌がいい。

 理由は――、視線を下方へと向ければ、


「おはようございます。勇者様」

 と、可愛いのに渋い声の子グマもいれば――、


「「「「おはようございます」」」」

 と、子コボルトたち四人が、声と一礼を合わせてくる。


「ベルさん。昨晩はモフモフ天国だったんですね」


「あ、ああ……」

 何を今更てれる必要がある。ベルが可愛いものに目がないのは周知の事実だろう。

 昨日は皆の前で愛玩生物たちと一緒に風呂に入って、寝る。って発言してたでしょうよ。

 

 ぬいぐるみみたいなのに囲まれて寝る。

 恥ずかしそうにしているが、何とも満足げな表情でもある。


 

 二人して一階まで移動。

 ゴロ太はワックさんの手伝いということで、元気にギルドハウスから出て行き、子コボルト達も各所でお手伝いだそうだ。

 小さいのに皆、偉い。

 

 一階に下りれば、喧騒がピタリと止む。

 一斉に俺たちに挨拶が発せられ、野良の人達はベルの美貌に魅入ったようで、口に運ぼうとしている動作を止めてしまい、ジャガイモが自重に耐えきれずにフォークから落下。

 長テーブルにコロリと転がる。

 

 朝早いが、朝食時間である食堂は、メンバーだけでなく野良の冒険者さんも舌鼓を打って繁盛している。

 

 この辺りだとまともな食事が出来るのはここくらいだから、野良の方々の利用頻度も高い。

 金銭代わりに支払われる金属や獣皮。

 素材が集まることはギルドにとってありがたい。


 ベルと共に、一角にある四人ほどが使用出来るテーブルへと移動し、腰を下ろす。


「で、昨日はダイヒレンでバタバタしてうやむやになったけど――」


「う、うるさい」

 おやおや、恥ずかしいのか頬がうっすらと朱に染まっておりますね。可愛いじゃないか。


「なんだその目は! 不快だぞ」

 キッと炯眼に変わるので、


「いいかな」

 近くにいたリリエッタ嬢を呼んで、ベルの視線を避ける俺。

 いつもなら紅茶を頼むところだが、リオスのカリナ代表からいただいたクランベリージュースを頼む。


「で、なんだ。話ならいつもの応接室でもいいだろうに」


「いや~ここが都合がいいんだよ」

 正直ベルの発言を耳にして、部屋に二人っきりってイベントが発生したんだな。という考えがよぎると、心の中で後悔してしまうが、顔には出さない。

 

 一階の全体を見渡せば、昨日の今日でコボルト達が忙しなく動いてくれている。

 ギルドメンバーや野良の人達の食べた後の皿を引いて、人々の間を縫うように素早く移動する姿を見れば、戦い方さえ覚えれば、実は強い種族なんじゃないかと思わせる敏捷性。

 ゲッコーさんが鍛えれば、精鋭の潜入工作員になりそう。

 

 小さな体でテーブルに乗るようにして拭き掃除、モップで床掃除と、朝から懸命に働いてくれる。

 動き回るコボルト達の表情は一様に笑顔だ。

 労働はコボルト達にとって娯楽でもあるみたいだな。

 魔王軍に無理矢理に働かされた時とは違い、自由の中での労働はやる気が漲るようだ。

 

 食事に寝室のある状況。

 王都に来て一日しか経過していないのに、ストレスなんて皆無とばかりにつやつやの毛並みだ。

 俺の近くを通る度に、感謝を述べてくる。


 だが――――、


「おい! コボルトが飯をもってくんなよ!」

 荒々しい声は野良の方。


 体中が毛だらけのコボルトが食事を運んでくれば、汚いと罵る。

 怒号を受けるコボルトは、すみません。と、野良の方に弱々しく謝る。

 謝る姿は、小さな体がより小さくみえるくらいに縮こまっていた。

 項垂れた耳と尻尾の姿を見れば、可哀想という思いが誰しも芽生えるだろう。


 と、同時に、これは好都合と思惑が芽生える俺。

 膿を出すにはいいタイミングである。

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