PHASE-1239【反論を封じてくるのね……】

「なんです? わずかですが体が弛緩しているようですね。よもや既に勝った気でいると?」


「そんなことはない。この弛緩は次の一手のために無駄な力みを無くすためだ」

 と、言い訳をしておく。

 実際、指摘された通りだからな。まだ戦いも終わっていないのに弛緩するのはよくないな。

 ドッセン・バーグを倒した後、残心すら取ろうとしなかったし。

 残ったのが勝利経験のある相手だからって慢心はだめだな。

 ここは反省だ。


 で、あったとしても、


「勝たせてもらう」

 発言はちゃんと実現させてもらおう。

 コクリコを見据えてから発せば、コクリコも油断などしてやるものかとばかりに琥珀の瞳を煌めかせ、真剣な表情でこちらを見返してくる。

 

 表情にわずかな変化があった時が仕掛けてくる合図といったところだろうが、変化が起こる前に――、


「こちらから!」

 勢いよくコクリコに向かっていけば、コクリコは――後退。

 いつもなら正面切っての突撃スタイルだってのに後退。なんともコクリコらしさがない。

 不気味さを感じ取ってしまい、こっちの勢いが削がれてしまう。


 駆け出した足を止め――、


「おいおいコクリコさん。どうしたよ? 攻める気がないのかな? だったら降参しなよ。もう一人なんだからさ。タイマンとなると流石に分が悪いのはエルフの国でも理解しているだろう」

 と、挑発にて揺さぶってみる。


「いえいえ、これからですよ。私としても色々と試したいことも有れば成長だってしたいですからね。正直、一人になった方が好都合でした」

 虚勢――ってわけじゃないようだな。


「なにを企んでんだ?」


「ご覧あれ」

 両腕を大きく開けば、纏う黒と黄色の二色からなるローブが派手に靡く。

 そうすると嫌が応にも目に入ってくるのは青白く輝く小箱。


「私はまだ一人ではないのですよ」


「まさか!?」


「そう! そのまさかです! アドン、サムソン! 出番ですよ!」

 声に呼応して小箱から飛び出してくる黒と白の二色のタリスマン。

 林檎サイズの球体がドヤ顔のコクリコの側で漂う。


「……」


「どうしました? 数的有利に再び怖じ気づきましたか?」


「……お前ね……。それはダメだろう」


「? なぜです?」


「いや、この場での魔道具の投入はどうかと思うぞ。きっと周囲のギャラリーもそれはないわ――って思っているはずだ。現にざわざわとしてるし」


「そうですか。それを言いますか」

 ここでコクリコさんが不敵に口角を上げ、


「ではトールは負けということでいいですね」

 と、継いでくる。


「なんでだよ! どうして負けなんだよ。意味の分からん事を発して話題を変えようとしても無駄だぞ」


「分からないのはトールの頭の出来が残念だからでしょう」


「ああん!? 負けそうだからって屁理屈こいてねえか?」


「いえ、至極真っ当ですよ。では聞きますが、なぜトールは火龍の籠手を使用しているのでしょうか。別に装備しているのはいいですよ。ですがそれで防ぐのはダメでしょう」


「はぁ?」


「火龍装備の使用がありなら私のアドンとサムソンも有りです」


「いやいや! 俺のは装備だからね。お前のは魔道具だろうが!」


「火龍の力が付与されている物が普通の装備と同じとでも? そもそもドッセンのバックラーを見なさい。あれは訓練用の木製バックラーですよ。実戦では金属製ですからね。ならばトールも訓練に見合った籠手を装備するべきでした。もしくは装備していても使用しなければ良かったのですが、しっかりとガードをしていますからね。後、私の蹴りを胸部に受けた時も鎧の効果でダメージが軽減しているでしょうしね。周囲と同様に訓練用のレザーアーマーならば、もっとダメージを受けていたはずですよ」

 ドンと一歩踏み込んで反論してくるコクリコのなんと饒舌なことだろう。

 

 ――自分が所有するアドンとサムソンは伝説級の魔道具。

 対して俺の火龍装備は神話級装備といっても過言ではない。

 自分の魔道具よりも上の物を装備して訓練をしている時点で、俺がアドンとサムソンに対してとやかく言う資格はないとのこと。

 

 これ以上の口論となれば、勇者としての格を落とす事にも繋がるとも付け加えてくる。

 

 例え籠手からイグニースを展開しなかったとしても、籠手自体の防御力は他の装備の追随を許さないもの。

 なのでこの試合中に籠手で防御した時点で駄目。

 火龍の籠手と鎧を装備したまま試し合いに参加した時点で本来は反則負けってか……。

 

 ――……なるほどな……。合点がいった。


 籠手でコクリコの蹴りを防いだ時に不敵な笑みを向けてきたのは、アドンとサムソンを使用するための交渉を有利に運ぶためだったわけだ。

 布石を打てた事からくる笑みだったわけだな……。 


 本来ならマナの使用は禁止で始めた戦いなのだから、マナでリンクさせる魔道具はそもそもがアウトなんだが……。それを言えばこっちの装備に対してもいちゃもんをつけてくるのは明らか。

 堂々巡りの言い合いになってしまうな。


 何よりもギャラリーがコクリコの強気発言にざわめき立つ。

 アドンとサムソンを展開した時よりも明らかにざわめきは大きい。

 ここで俺がサーバントストーンの使用を拒否すれば、周囲の目は冷ややかなものになるのは間違いない……。

 自分は防具が完璧なのに。って間違いなく口に出す面々も現れるだろう。

 コイツ……、上手い具合にギャラリーを扇動しようとしているな。

 ここで拒否すれば、ギャラリーは一気にコクリコ寄りに傾く。

 

 そこを見極めてコクリコが勢いづけば、以前に俺が使用した固有結界【凄く尊き理想胸アバカン】におけるコール&レスポンスに近い芸当でこっちをアウェイ側にしてきそうだな。


「さあ、さあ、さあ! どうしますか!」

 なんて生き生きとしてやがる……。

 既に勝ち誇ったかのようなガイナ立ちだし……。


「いいだろう。アドンとサムソンを使うがいいさ!」

 こちらも負けじと仁王立ち。

 使用の許可を発せば、ざわついていた周囲のギャラリー達の声が喜色に変わる。

 最終決戦がないままに終わるなんてありえない。続行により白黒つけてほしいという思いも伝わってきた。

 許可したことで歓声は俺寄りとなったな。


「使用許可に感謝しましょう。ですがゴロ丸は禁止なんで。あれは別ですからね! 自らの思考で行動するのは逸脱していますからね!」

 ガイナ立ちに相応しくない必死さが滲み出ていた発言。


「……分かったよ」

 必死に先手を取ってきたな。

 こっちがコクリコの魔道具使用に許可を出せば、俺が曲玉を魔道具あつかいとしてゴロ丸を使用するって推理したんだろうな。

 ゴロ丸の使用だけは絶対に阻止したかった模様。

 こういった時の頭の回転の速さには本当に感心する。


 まあ、思いついたとしても流石にゴロ丸は召喚しないよ。

 この状況下での使用はゲスの極だからな。

 衆目が向けられる中心に立つ中でのミスリルゴーレム召喚は興醒めするからね。


「では、試させてもらいます」

 言えば更に俺から距離を取り、やおら瞳を閉じる。

 コクリコの側で漂っていただけのアドンとサムソンはふわふわとした上下運動だったが、力を帯びたように激しい動きへと徐々に変わっていき、上下運動だけでなくコクリコの周囲をグルグルと高速で回り出す。


 そして――ピタリと空中で停止。


「行くのです! アドン、サムソン!」

 瞼を力強く開けて、琥珀の瞳とワンドの先端である青い貴石を俺へと向けて声を発せば、黒と白の二色の球体が主の声に従い、複雑な軌道を描きながら高速で俺へと接近してくる。

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