PHASE-1648【設定は踊り子】

「アップ殿」


「なんでしょう?」


「踊り子の経験は?」


「――はい?」

 間の抜けたベルの返事。

 対して俺は踊り子という老公の言葉に耳がピクピクと激しく律動する。

 大いに――動く!


「その話を詳しく!」

 くわりと見開く俺の目。

 仰け反る老公。


 ――居住まいを正す老公からの提案は、俺たち冒険者を護衛として随伴させつつ、製造所での発表に際し、絶世の美女による踊りをムートン家から提供するというもの。

 ベルには踊り子役をやってもらい、一緒に内部へと入り込む。


「大いに目立ちますね」


「踊り子として目立たせれば、目にする者達は絶世の踊り子と認識してくれることでしょう」


「そうですかね?」


「ええ、誰も王都から来た美姫殿とは思いますまい。それ以上にどうすればあの踊り子とお近づきになれるのか。ということに考えが傾倒するでしょう。体裁と面子に重きを置くのが金持ち連中です。美女から頼られれば喜んで協力してくれる者達も現れることでしょう」

 ムートン家からの踊り子を催しの前座にと提案すれば、相手側も無下にはしないと老公。

 そしてムートン家が提供する踊り子となれば、他の面々も好意的に接してくれるはずだと言う。

 この地においてムートン家の影響力が如何に強いかというのがわかる。


 とはいえ、


「アップはどう思う?」


「全くもって受けたくない提案ではあるが、内部で動きやすくなるなら――」

 老公の護衛の冒険者が対象から離れて動き回れば怪しまれるが、踊り子としてなら場の下見などといった言い訳で動きに自由が利くかもしれないとベル。

 ゴロ太の為なら踊り子という選択肢もありと考えているご様子。

 ブリオレの酌に対応するくらいだからな。それに比べればまだましと考えているのかな?

 

 だがしかし、


「踊りとか出来るのか?」


「お前の剣舞より自信はある」


「……言うね。じゃあ妖艶な踊りを見せてもらいましょうかね」


「妖艶と言われれば自信がなくなるが、やれるだけの事はやろう」

 本人は嫌々ながらも踊り子という設定には問題なさそう。

 問題があるとするならば、


「衣装の準備が必要ですね」


「それはこちらで用意いたしましょう」

 この町にもムートン家が運営する店が数軒あるそうで、食材から衣服と幅広く展開しているという。


「頼りになります」


「今後も大いに頼ってくださってかまいませんよ。良好な関係性を更に構築できますからね。王都内にも版図を広げさせていただきたい」

 柔和な表情からわずかに見せる鋭い眼光。

 利権の獲得を狙うという商魂が垣間見える。


「その辺は全てが上手くいってからですね」


「もちろんです。こちらは橋渡しをしてくださる御仁に出会えただけでも僥倖というものですから」

 言いながら老公はソファから立ち上がり、典雅な一礼。


「アップ殿、お時間をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 踊り子として最高の服を用意するには、体に合うものを仕立てたいとのこと。

 これにベルは了承。


「ミルモン」


「任せておいて」

 言えばミルモンはベルの左肩に移動。


「オイラが護衛になるよ」


「心強い」

 と、本心からベルは言う。

 少しでも負の感情が相手側に芽生えたらミルモンがベルへと伝える。

 信じてはいるけども、今日、出会ったばかりの人間を十全で信じる事は流石に蛮勇が過ぎるからな。


「では行ってくる」


「おう。待ってるよ」


「こちらの職人は優秀です。総出で取りかからせますので、本日中には仕立てて見せましょう」

 そう言って老公の誘導でベルは宿屋から出て行けば、宿前に用意された四頭立ての馬車へと乗り込み、老公の一族が経営する服屋へと向かう。


 さて――、


「明日は余興がある製造所へとお邪魔するわけなんだが――」

 言葉を発しつつ残った面々に目を向ければ、


「自分は待機しておきます」

 と、ジージー。


「動きがあれば合図を送るから」


「その時は直ぐにトール殿の装備を持って馳せ参じましょう」

 それまでは部屋のバルコニーで目をこらして待機するとジージー。

 飛行能力ってこういう時いいよな。

 高低差を無視した移動で直ぐさま現着が可能だからな。


「コイツが待機なら俺も待機になるか」

 それはそれでゆっくり出来るからいいとガリオン。


「自分は公爵様についていきます」

 ルーフェンスさんも冒険者を装って、俺と一緒に老公の護衛役を買って出てくれる。

 素封家の護衛が一人ってのも寂しいからな。

 装備は私物であるチェインメイルとブロードソードで参加。

 

 俺とルーフェンスさんが護衛役となるけども――、


「ワックさんはどうします?」


「僕がいても邪魔になるだけだからね。事が進展した時、居残り組と一緒になって行動させてもらうよ」


「分かりました。ガリオン」


「分かってるよ。足並み揃えながら行動するさ」

 ワックさんに対して足だけは引っ張るなよ。とか悪態をつかないところは評価が高いぞ。

 同じ部屋だからな。ガリオンの装備をワックさんが手入れして親密度が上がってたりするのかもしれない。

 技量は大陸一と言っても過言じゃないからな。

 そんなワックさんの技量を目にしているとすれば、ガリオンも認めるってもんだろう。


「そんじゃ、明日はそういった流れでいく。各自――よしなに」

 言えば皆して強く頷いてくれる。

 いいね。即席パーティーだけど信頼できる頷きだ。

 これならゲッコーさんやS級さん達に頼らなくてもよさそうだ。

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