PHASE-1321【追走】

 自爆スタートによる頬の自傷は熱さを感じるもの。

 やがて熱さがジンジンとしてきて、痛みへと変わってくる頃には、


「ファーストエイド」

 と、初歩の回復魔法をシャルナが施してくれた。

 初歩の回復でも十分だという判断だったようで、術名で俺は安心した。

 これがアーチヒールだったら、マジョリカとの戦闘で死にかけた時と同じぐらいにやばかったということになるからな。


 俺とは反面、


「障壁を斬られることはなかったが、左右だけでなく後方からも風の刃に襲われることになるとは……」

 発動した俺よりも風の刃によってダメージを受けたヤヤラッタ。

 だが致命傷ではないようで、力強く二つの足で大地に立つ姿。


「正面だけを守っていては駄目だったようだな。全方位を襲ってくる数本の風の刃といったところか。まるで複数人に周囲から襲われた気分だ」


「感想ありがとう。オリジナルになるだろうから、それを参考にして命名させてもらうよ」


「それは光栄だな。新技の実験体第一号は断らせてもらうが」


「押されていても余裕ある姿には敬服するよ。反対に牛は情けないようだけど」


「耳が痛いものだ。これ以上、同胞の恥部を見られたくないので撤収させてもらおう。ここは態勢を整える。撤退だ!」

 ヤヤラッタのその発言に、待ってましたとばかりにミノタウロスは急ぎ地面へと潜っていく。

 自分が登場した穴へと滑り込むように入り込んで遁ずらかれば、それを目にしたカクエン達も一斉に逃げ出した――いようだが、ヤヤラッタが動かないので及び腰になりながらも留まる。

 俺達と戦い、容易く蹴散らされれば戦う気力が無くなって怯えていたけど、それでも逃げずに留まっていたのは、グレーターデーモンであるヤヤラッタの存在がやはり怖かったってことなんだな。

 だがミノタウロスの逃走する姿に、残りカスともいえる気概が吹き払わせそうになっているのも事実だし、ヤヤラッタもそれには気付いている。


「逃がすとで――」


「インジェクション!」

 と、ここで風の牽制魔法を発動してくる。


「って、最後まで言わせろよ!」

 舞い上がる土埃を煙幕とするようにしてヤヤラッタが反転すれば、それを合図としてカクエン達が一斉に逃げ出す。


「って、トール!」


「分かってるさコクリコ。背中を襲うのは勇者としてどうかとも思うけど、逃げるなら拠点まで案内してもらおうか」


「と、行きたいですが」

 チラリと肩越しに後ろを向くコクリコ。

 パロンズ氏に抱えられたタチアナ。

 コルレオンがハイポーションを飲ませているのを確認。


 ――自力で立てるのを確認してから、


「シャルナ」


「ばっちり撤退方向は見ていたから。追いかけようか!」

 言えば樹上を驚くような速度で追跡し始める。

 エルフの移動は正に風。


「って感心している場合じゃない。その移動速度はどうなのよ……」

 この状況下で単独での追跡はやめてほしい。

 アンブッシュをしかけてくる不安もあるんだからな。そこを狙われて今度はシャルナが囚われるとなれば大変だ。


「コクリコ」


「仕方ないですね」

 名前を発せば、俺の意図を理解してくれるのはありがたい。

 本当ならこの中で誰よりも早く追撃をしたいだろうが、タチアナ達が整うまで待機してくれる。


「一息入れたら追いますよ」


「おう!」


「じゃあ追いかけようよ」

 ミルモンがせかしてくるところで、


「さっきはよくやったぞ」

 と、タチアナを救った値千金の活躍を褒める。


「だろ」

 ホクホクの笑顔を見せてくるミルモンは可愛い。

 移動しつつ、左肩に乗るミルモンの頭を撫で回してやれば、喜ぶ声とともにボブルヘッドの如く頭を動かしてくれる――。


「ちょっと遅れた」


「私に追いついている時点で問題ないよ」

 アクセルの連続使用で先んじていたシャルナへと合流。

 これで単独という状況はなくなった。

 二人して枝を蹴っての樹上移動。

 

 ――やはりシャルナの移動と比べると俺はダメダメだな。

 高速移動での追跡であっても、シャルナは枝を蹴っても揺らすことはない。

 俺なんてガサガサと激しく音を立てての移動しか出来ないからね。

 シャルナの樹上移動はもはや神技と言っても過言じゃない。

 というか、シャルナやそれと同等のエルフ達が凄すぎるんだよな。

 対して俺達の前を移動しているこの森の住人たちは、俺同様に音を立ててのダメダメ移動。


「逃げるだけで手一杯ってところだな」


「必死すぎて後ろを確認する事も出来ていないしね」

 今のところ待ち伏せもなければ、そういった場所に誘い込もうとも思っていないようだけども――、


「ヤヤラッタは? あの上位悪魔はどこいった?」


「直ぐに上空に逃げ出したから」

 となると、次に何かを仕掛けてくるってなると、その時宜を見計らってきての急襲を仕掛けてくる可能性があるな。

 アンブッシュがなくても、別の兵を引き連れて戻ってくるってのも考えられる。


「シャルナ――余裕か」


「当然。さっきの戦いも別段、大した事はしてないし。グレーターとミノタウロスの両方を一人で相手にしても負けるつもりないよ」

 心強い発言だな。

 実際シャルナは強いからな。先ほどの戦いでヤヤラッタの実力は理解できたし。

 シャルナなら両方を相手にしても倒すことが可能なだけの実力は有している。

 

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