PHASE-1246【小型化】

「ふぃ~」


「おうギムロン。朝からお疲れ気味だな」

 蒸し暑い室内から、出入り口に向かって歩んでくるのはギムロン。

 ノシノシとした足取りには疲れが見える。

 溜め息を吐き出しながら、顔の下半分を隠した白い手ぬぐいを外して俺と視線を合わせれば、


「おう会頭。王都に戻ったら戻ったでゆっくりと出来る時間もないわい」

 戻って早々に酒蔵で頑張ってくれているギムロンは働き者である。

 なんたって現状、酒気を帯びているのはゲッコーさんだからな。

 ドワーフのギムロンよりも酒気を纏わせているってのも大概ですよゲッコーさん……。


 コクリコの認識票を制作して直ぐに、ギルドの鍛冶場にて武具の制作やメンテナンスもやってのここでの仕事だという事だった。

 そら朝からすでにお疲れの状態だわな。


「ギムロンの働きには感謝だよ。ねえ! ゲッコーさん!」


「まったくだ!」

 だったらまずその透明色の液体が入ったグラスを置こうか!


「酒造は趣味だからの。ここでの疲れは心地いいもんだ」

 と、言ってくれる働き者の存在はありがたいのである。


 ――ん?


「あれ? まだ赤色級ジェラグ? コクリコは戻ったその日に黄色級ブィになっただろうに。ギムロンは昇級してないじゃないか」


「いや、正式に昇級は決まっとる。ワシもいよいよカイルやマイヤと肩を並べての青色級ゴルムよ」


「じゃあなんで色が変わっていないんだ?」


「どうせならトールにかけてもらいたいんだって」


「シャルナも手伝いご苦労様」

 ポーション製造もこの酒蔵で行っている。

 エルフの知恵を授かりたいからと、王様たちとの屋外謁見を済ませた後からずっとここで協力をしてくれていたそうだ。

 美人の白衣姿ってのは――いいものですな。


「でもなんで俺なんだ? 担当者から受け取ればいいだけだろうに」


「そこはほれ、会頭にかけてもらうってのがいいんだよ」


「なぜに?」


「箔がつくだろうがよ。ギルド会頭で勇者。でもってこの大陸で人間が治める領土規模第二位を誇る公爵からかけてもらうってのは、それだけで価値が上がるってなもんよ。同じ青色級ゴルムであってもカイルとマイヤは会頭からかけてもらっとらんからの。この差はでかいってもんだ」

 ――……なんかコクリコみたいにオリジナリティにこだわっているな……。 

 あれかな? 毎度コクリコの認識票を仕立てているうちに、自分もそういった特別なものがいいと思ってしまったのかな?

 コクリコイズムにガッツリと影響を受けてしまったようだな……。


「もしかしてシャルナもか?」


「そうだよ。何たって最高位をかけてもらうんだからね。ギムロンが言うように会頭のトールにお願いしたいよね」

 リンに続いて二人目の紫色級コルクラだからな。

 まあリンは決まった時点でぶら下げていたけど。

 やはり最高位となると、少しくらいは形式張ったほうがいいかもしれないな。

 それを目にすることで自分もやってやる! ってな感じにギルドメンバーの向上心が高まるってこともあるだろうし。

 上位二つは俺や先生がかけるという形式にするのもありかもしれん。


 ――なんて考えている俺の目の前では、


「ほうほう!」

 ギムロンが声を上げていた。

 なんとも意地悪そうな笑みを湛え、


「他意はないのかの~」

 と、継ぐ。

 継ぐ発言の相手はシャルナ。

 でもってそれを笹の葉のように長い耳で聞くシャルナは、その耳を朱に染めつつギムロンに拳骨を見舞っていた。

 なにやらムキになっているご様子。

 俺がよく知るファンタジーのドワーフとエルフのやり取りは王都に戻る途上でも目にしたな。

 だがやはり、この世界でのドワーフとエルフの関係性からすれば珍しいやり取りだよな。

 

 ――で、


「なんで目の前のやり取りを目にして不機嫌になってんだよ?」


「別に!」

 頬を膨らませるランシェル。

 手ぬぐいを隆起させるくらいに膨らませるとは――やるね。

 表情だけでなく明らかに怒気を纏っている声音。

 ここで飲兵衛ゲッコーさんと目が合えば、力なく頭を左右に振るジェスチャーを俺へと行ってくる。

 

 ――……なんなのこの一連の流れは?

 

 まあいい。何よりも俺が気になるのは――、


「ポーションの生産体制ってどうなの?」

 要塞トールハンマーの存在がないまでは最前線だった王都。公都と比べるとアイテムの数はまだまだ心許ない。

 前線に近いこの地において、人々の命を支えてくれる回復アイテムの存在は重要だ。

 今後の備えも考えると生産は最優先事項。


「王都を見て回って会頭も分かってるだろうが、ワシらが北伐にエルフの国へと行っとる間に進歩はしとる。もちろんこの酒蔵でもな」

 未だに頭頂部が痛いのか、頭をさすりつつギムロンが語ってくれる。


「で、ここでの進歩は?」


「ほれ」

 言えば巌のような手に乗せた小瓶を俺へと手渡す。

 切頂された双五角錐のガラスの小瓶。

 以前にもこの蔵を訪れた時に同様のデザインの物を貰った。

 当然ながら中身も同様で、緑茶を薄めたような色の液体が入っていた。


 即ち――ポーション。


 ギルドハウスなんかで並ぶのは白磁の小瓶だけど、ここではガラスなんだよな。

 販売用と開発用で容器の用途を使い分けているのかもな。

 

 ――しかし――、


「俺の記憶違いじゃないなら、この小瓶――以前のものと比べて小さくなっているような気がするんだけど」


「なってるぞ」

 と、ゲッコーさん。

 手にするグラスには新たな液体。

 先ほどの透明のものと違って、今度は飴色。

 ここで作られた酒を次から次へと試飲……、注がれる量と飲み続ける姿からして試飲ではないな……。

 朝だってのに本格的に酒を楽しんでいらっしゃる。


「で、なんで小型化?」

 口へと一口運んで嚥下するのを待ってから問えば、


「トールよ。物が発展すると、進めば進むほど――」


「――小型化していく?」


「その通り」

 てことはつまりは――、


「ここで作られているポーションもその例に漏れないと?」

 と、問うた時のタイミングは酒を口に運んでいた時だったからか、


「そうだよ」

 と、代わりにシャルナが答えてくれた。

 シャルナ自身もここを訪れ、ポーションの発展には大層に驚いたそうだ。


「この酒蔵が有する蒸留技術が、ポーション技術に大いなる発展を与えてくれた」

 酒を飲み飲み上機嫌なゲッコーさんが答えてくれる。

 

 ――蒸留により今までのポーションを更に濃縮させることで量を少なくしながらも、従来の物と同等の効果を発揮することに成功したそうだ。


 デメリットとしては濃縮させる分、素材の消費が増えてしまっているそうだが、素材を集める冒険者の人数も増えているし、栽培によって収穫できる素材もあることから、値段も飛び抜けて高いわけではなく、良心的な価格で販売しているそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る