PHASE-32【演説】

 ――――で、本日は何をするのでしょうか。

 未だに痛むハムストリング。

 先生は馬上の人になると、城壁に沿って走り出す。

 俺も乗馬の練習になるから、先生の後を追って、峡谷の時に世話になった白馬に跨がる。

 ――――大分なれてきた。

 流石は王都ってところか。荒廃としているけども、広さは流石だ。

 西門から南に進む。現在、西と南の城壁の内角付近に到着。

 西門から約二、三キロくらいは移動したと思う。となると、北側の距離も足せば、西側の城壁は五、六キロの長さはあるようだ。

 破壊されてないと、見るだけで堅牢で、攻めるのも嫌になるって威厳のある城壁だったんだろうな~。

 内角付近に、人一人がくぐれるくらいの穴を発見。


「急いで修復させないとですね」

 こんなもんくぐれば外と王都を簡単に出入り出来る。ここから侵入されたらたまったもんじゃない。よくもほっといていたもんだ。

 まあ、門付近もまったく修復が進んでいないから、こういうのも見逃しているんだろうけど。

 先生が指示を行ってから、ようやく修復作業が始まったからな。


「いえいえ、放置でいいですよ。戻りましょう」

 何かしら案があるのか、得意げに笑みを作り、俺に向けてきた。

 ――――で、その笑みのまま、城壁内の詰所に入り、机に向かって何か書いている。


「いや~。げっこう殿がくださった、ぼうるぺんという筆がとても便利です。墨もつけずに、すらすらと書けるのですから。喜んでいたら、一式いただけましたよ」

 ボールペンでここまで喜んでもらえるなんて、時代格差を感じざるを得ないよ。

 書き終えれば、俺にその用紙を渡してくる。A4サイズの用紙。

 これまた上質な紙だと、すこぶる幸せそうだ。

 紙に書かれる達筆な文字。ボールペン講座で講師が出来そうだな。

 書かれる文字は日本語だ。三国時代の人物なのに日本語……。

 そりゃそうだよな。ゲームの文字表記は日本語なんだからな。

 この世界の文字は、楔形文字やアラビア文字のような、文字体系が独特なものだ。この世界にやって来てからは、その文字が不思議と読めるからね。凄いね! 異世界転生。

 だが、日本語はありがたい。この世界の人達は読めないからな。何かあった時は、暗号文字としてつかえそうだ。


「さあ、次は壁上へ参りましょう」

 ――――先生に言われるままに、西門の丁度上に位置する場所に立たされる。


「すぅぅぅぅぅぅぅ」

 と、先生は大きく長い吸気を行い――、


「注もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉく!」

 男前が台無しなくらいの大声で、修復作業に駆り出されている兵士や、住人の視線が、俺の立つ位置に一斉に向けられた。


「では、これを大音声でお読みください」

 ――……中々に難易度の高いことを言ってくれる。

 基本、人前に立つとか、目立つ立ち位置の人間じゃない俺にとって、これは厳しいものだ。

 何が始まるのだろうか? と、どんどん人も増えてきた……。


「主、さあ!」

 いや、あの、はい……。

 俺は覚悟を決めて、


「君たちが苦しんだ敵の砦を破壊する事はとても容易かった。三人もいらぬというくらいに。我と、我の従者にかかれば、精強である魔王軍の者たちも塵芥に等しい。今後、君たちには勝利の二文字だけを与えよう。これより我らは一大反攻に打って出る。臆することはない。君たちは我らの背後にただ立ち、圧倒的な勝利の目撃者になればよいだけだ」

 ――…………先生。しじまなんですけど。水を打ったようにっていう表現が、これほど見事に似合う場も、そうはないんじゃないかというくらいに静かですよ……。

 リアクションが返ってこないから、めちゃくちゃ恥ずかしいです。

 普通こんな時って、【おおおおおおおっ!!!!】みたいな鬨の声が上がるんじゃないの?


「以上で~す」

 何とも軽い調子で言ってくれますね。先生……。

 そんなもんで伝わるんでしょうか……。

 実際、砦を容易く攻略して、人質も救い出しているから信憑性はあるんだろうけども。だが……、軽い! 軽いですよ先生! 

 見てください下方を! 話が終わったら、力なく作業を再開ですよ。

 一大攻勢なんて夢のまた夢とばかりのやる気のなさだ。

 

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