PHASE-382【煌びやかな世界の魔力】

「貴方方の遠路よりの旅路には、感謝と敬服はしますが、ここへ来るよりも、王都で力を蓄えて、魔王軍に打って出るのがよかったのでは?」


「力が必要なのは経緯で述べたよね」


「それは分かります。が、どのみち瘴気がある以上、ここの兵達は動けませんよ。それとも瘴気を無効にするという、ガスマスクなる魔法の兜が大量にあるとでも?」

 侯爵が味方になった事を大陸に知らせるだけでも効果はあると返答すれば、侯爵は元々、王に対して忠誠を誓っている。誓っている以上、侯爵が助力するとの確認をいちいち取らなくても、助力を得たと大々的に流布するだけの権限が王にはある。

 故に王なのだから。

 封建制であろうとも、最終決定は王にある。なのでそれを行使すれば問題など無いはずだと、ライラは返してくる。


 だったとしても、ちゃんとした既成事実が欲しいんだよ。こっちは。

 でも、言っている事があながち間違いでもないのだろうと思う俺は、返す言葉が口から出てこなかった。

 沈黙の帳が降りる。

 沈黙に耐えれない俺は目が泳ぎ、室内を見回した後、ケーキスタンドに盛られたケーキに焦点が合う――――。


 こういうのは王都にはなかった。あってもスコーンだった。

 塩が貴重で、ようやく王都とその周辺にレゾンからの塩が流通し、魚と肉も保存用だが出回ってきている。

 が、こんなにも潤沢に砂糖を使用した洋菓子の存在なんて考えられない。

 山脈一つ越えただけで別世界と言ってもいい。

 もし、姫がここから王都へと帰郷するとなると、この華やかな土地と比べてしまい、王都は暗い世界だと思ってしまうかもしれない。

 王都に周辺の町村は、侯爵領と比べてしまえば、あまりにも劣っている……。





「結局、あのライラって人が言うような事を姫も考えているのかな?」


「うむ……」

 別邸へと戻るための馬車乗り場までの道すがらで、シャルナの暗い声音による質問に対して、俺は中々に返せなかった。

 実際に姫は、王都に戻りたいとは発しなかった。うつむいてリアクションもとってくれない。

 あれは、暗に帰りたくないと言ってるのと同義だよな。


 華やかな都会を知れば、田舎には戻りたくないって心理なのかな。

 いまだ一人暮らしも経験していない田舎の高校生だった俺は、その心理を体験した事はまだないけど。


「姫は首を縦に振らず――――か」


「ああ……。王様と約束したけども。この風景を見ればな~」

 本邸の窓から見える外の風景を目にしながら、帰るという了承を得られなかった事をベルへと返す。

 以前、ベルに背中を蹴られて階段を転げ落ちたよな。

 で、発破をかけられたもんだから、偉そうに王侯貴族の前で姫を連れ帰ってくると約束をしたけども、無理に連れ帰るって事は出来ないよな。


 王様たちも侯爵領の豊かさを目にすれば、何も言えなくなるだろうな。

 まさかここまで差があるとは思わなかったもん。この地はあまりにも平和すぎる。

 魔王軍のまの字もないほどに、温和に生活を営んでいる人々ばかりだもの。

 

 豊富で美味しく鮮度のある食料に、安眠できるベッド。勢を尽くせるとなると、今の王都ではこれは出来ない事だからな。

 ここの生活に慣れている以上、王都で生活をしたらストレスが溜まりそうだしな。

 ライラが言うように、前線に近い王都に戻ってくれと言うのも酷な話。


「このままこの地にいるのがいいのかな……」

 王様に対する申し訳なさと、姫の事を考えるならそれも仕方ないと思う俺の声は、自分でも分かるくらいに滅入った声だった。

 続けて出て来るため息が、通路を歩く皆の耳朶に届いたことだろう。

 場を暗くして申し訳ないね。

 こういう状態だから、コクリコの粗相を叱る気力が湧かなかった。


「本当にそう思うか?」

 ぬっと、俺とベルの間に割って入ってくるゲッコーさん。

 ステルスミッションじゃないので、気配なく来られると、現状、ヘコんだ俺は驚きで心臓が止まりそうになる。

 平時での背後からの語りかけには慣れてきたんだけどさ。


「ど、どういうことなんですか?」

 息を整えて聞き返せば、


「確証を得たら話そう。まだ調べが足りないしな。明日は街に出てみようじゃないか」

 俺の知らないところで勝手に動き回っているようですね。単独行動スキルの極だな。この人は……。


「街に出るのですか?」

 俺たちの先頭に立って歩くランシェルちゃんが振り向く。

 相変わらずここのメイドさん達は、絨毯の上を歩く事は絶対にしない。

 賓客第一主義である。


「そのつもりだ」


「よろしければ案内をいたしますが」

 笑顔で役を買って出る姿は、今の俺の滅入った気持ちを癒やしてくれる。


「いや結構」

 癒やしを与えてくれる存在に対して、ゲッコーさんの対応は木で鼻を括るものだった。

 ランシェルちゃんの愛らしい表情が、一瞬にして寂しいものに変わる。

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