PHASE-381【本来はドミヌスって立場です】

「本当にお恥ずかしいところを」

 深々と姫様に頭を下げることになるとは……。

 俺のプランとしては、この世界を救う存在である勇者様と喜ばれて、俺を憧憬の眼差しで見てもらうつもりだったのに。

 でもって、憧憬から愛情へと変えていくつもりだったのにさ。

 コクリコのせいでとんだ赤っ恥だぜ。


「どうぞ」

 注がれる琥珀色のお茶。

 琥珀ってところでコクリコの瞳を思い出して、さらなる憤怒が芽生えてきそうだが、


「リラックスできます」

 笑顔で癒やしを与えてくれるランシェルちゃん。

 天使が注いでくれたんだから、ありがたくいただこう。

 一口いただけば――――、


「ほほう」

 渋味がある。緑茶の濃いのを飲んだ時のような渋味。

 その中から現れる清涼感は、ハッカのような爽快感。


「お口にあいませんでしたか?」

 初めての味にあやふやな表情を浮かべていたようで、ランシェルちゃんは心配そうに眉を八の字にしてこちらを見てくる。

 俺は美人、美少女メイドには優しくしたい男。


「別邸でのハーブティーみたいに独特の味だけど、悪くはないよ」

 実際に悪いものではない。甘いケーキを食した時に飲むにはいいものだ。

 甘さに支配された口をリセットさせるにはいいお茶だと思う。


「それは何よりです。この屋敷にある庭園で私が育てたハーブから作ったものです」

 ランシェルちゃんが育てたのか。これは飲まないといけないな。

 美味しいし、ガブガブと飲んで喜んでもらおう。


「二人もいっぱい飲もう」


「そんなにガブガブとは飲めないだろう。ほどほどにしておけ」

 なんですゲッコーさん。ハーブティーとなるとノリが悪いな。

 これが酒なら浴びるように飲んだんじゃないんですか? ほら、シャルナも香りをしっかりと楽しんでから、美味しそうに飲んでますよ。

 ケーキを食べた後に飲めば、思った通り、甘くなった口内をスッキリへと戻してくれる最高のハーブティーだ。

 俺が笑顔で飲めば、ランシェルちゃんも笑顔だ。

 ポイントが上がっている音が脳内で響くぜ。


「確かに良い味だ。作り手の真心が籠もっている」

 しっかりと飲んでますね。しかも褒めてる。


「あ、ありがとうございます」

 おっと、ここで突如として褒めるから、ランシェルちゃんが照れくさそうにしながらも、笑顔を湛えている。

 ツンデレの法則みたいなのを駆使して、ランシェルちゃんを喜ばせるつもりですかゲッコーさん。

 メイドさん達の中で、俺の一番のお気に入りであるランシェルちゃんを掻っ攫うつもりですかい?


「いい物だが調子に乗って飲むのは止めるんだ。眠れなくなる」

 心配ご無用ですよゲッコーさん。俺は基本、夜型でもありますからね。

 だらけている時なんて、昼夜逆転の生活を送ってましたから。眠れなくても問題ないのです。


 ――――会話の前に、一緒に甘い物と美味しいハーブティーを食し、食事を共有することで、双方が接しやすい距離へと縮まる。

 そこを見計らったかのように、


「よく瘴気の中を移動する事が出来ましたね」

 まずは姫が質問をしてくる。


「俺たちには通用しないので」

 ――――プリシュカ姫に、ここまでの経緯を侯爵の時と同様に伝える。

 コクリコやシャルナが無事なのは、ガスマスクのおかげというのも教えたが、よく分かっていなかった。

 実物を見せてもよかったんだろうが、ここでゲッコーさんが宙空からアイテムを取り出せば、武器も取り出せるだろうと勘ぐられて、隣のライラに無用な警戒をされるのも嫌だったので、毒を無効化する魔法の兜という設定にしといた。


「プリシュカ姫」

 と、ここでゲッコーさんがカップをソーサーに置いてから口を開く。

 継いで――、


「王都は短期間の内に、人々が十分い暮らせる程に復興しました。瘴気地帯は我々と行動すれば問題ありません。王都へとお戻りになりますか?」

 おお、なんがゲッコーさんが敬語を使うのは珍しいような気がする。

 姫に対して礼節をもって接するところは、流石は軍人であり、指導者だ。

 こういう場での立ち回りもしっかりと心得ている。

 

 ――――どれだけ復興しているかなどの進捗状況に、周辺との物流などを細かく俺に変わって説明してくれる。

 

 普段はベルや、王都にいるなら先生がこういった場は取り仕切ってくれるけど、ゲッコーさんの説明も、簡潔で分かりやすいものだ。

 部下たちが敬慕の情を寄せる指導者は、会話も流暢だし、心に訴えかけてくる熱さもある。

 戦闘に政治と、圧倒的カリスマでドミヌスやドムと敬称れる人物の才能は、よろずに通じる。

 

「私は帰りません」

 白蝋じみた肌は、熱が伝わることのない冷たい肌なのか、ゲッコーさんの熱のある語りも通じないとばかりに、素っ気ない語調にて返答してきた。

 俺の事を救世主様と呼称して喜んでいた笑みは何処へ行ったのか……。


「なぜです?」

 ここは俺が応対する。


「簡単ですよ」

 と、ライラが横から入ってくる。

 眼鏡をキラリと光らせて、じっと俺たちの方を射るように見ると、


「ここが王都より安全だからです。いくら王都が安全であろうとも、前線に近い状況は変わらないのでしょう? ならばここにいる事が一番安全だというのは、子供でも分かるでしょう」

 正論である。

 いくら要塞があるとはいえ、未だ建造途中だし、王都が前線から離れたといっても、ラインでいうなら一つ押し上げた程度だからな。

 未だに南からは魔王軍がこちらの動きを窺い。北からは公爵の息子が良からぬ事を企ててる。

 そりゃ極東のこの地の方が安全だよな……。

 俺がライラと同じ立場なら、同様の内容で断るもの。

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