PHASE-922【空の旅と行きましょう】
――中庭といっても周囲の建物が小さく見えるほどに離れた位置に俺達は立つ。
もはや中庭ではなくただの草原だろうとツッコんでもみたいが、この庭も俺の所有するものってことなんだよな。
本当に権力を得ると庶民的な感覚がなくなりそうで怖くもある。
今はそんな心配事よりも――、
「壮観だ」
広大な中庭には十を超えるCH-47チヌークが駐機している。
スーツのS級さんの誘導によって諸侯がまず中庭にてソレを見る。
奇怪な存在に恐れ戦いている者達もいる。
後部がぽっかりと開いたことで更に恐れる。
鉄の大蛇が口を開いたと想像した者も中にはいるだろう。
「さあお乗りください」
スーツの男性からの一言に顔を青くする者たちが多い。
彼らにとって絶望的な一言だったようだ。
あの鉄の怪物の口へと入るのは嫌だと断る令嬢。
一人が拒めば、それが波紋となって広がり、赤に青と派手なドレスで着飾った女性たちが悲鳴を上げて拒む。
掃除に皿洗い。食事の準備などした事もないような女性陣に、鍛えた事もないであろう貧相だったり贅肉だったりな体をプールポワンで包む男性陣。
そんな大人達が不安になれば、貴族の生活で我が儘に育ったであろう子供たちも不安になっている。
そんな中で先頭を切って後部ハッチへと足を進めるのは、流石と言うべきか冒険者ギルドの客人達。
恐る恐るではあったけど範を示すように搭乗すれば、その冒険者ギルドと懇意にしているであろう貴族たちが後に続く。
「我が父が入って行きます」
「流石はヨハンの親父さん」
迎賓館では最後の方で挨拶をしてくれた人物。
ブフレスク領主で子爵。マルネス・クロイソ・ドルクニフ氏。
公都外壁付近に有事のために屋敷を建築して備えるだけあって、厳格で礼節を重んじる人物だった。
子爵家は古くから武門で名を馳せた家柄だったそうだ。
征北騎士団にて団長を務めるヨハンがその証拠だろう。
親子そろってミルド領において数少ない信頼できる存在。
冒険者ギルドに子爵。そして子爵に続く諸侯たち。いまでも動けない者たち。
こういったところでも気骨ある人物と、そうでないのを振り分ける事が出来るんだな。
「さあ皆さん遠慮なさらず」
あえて俺が言葉で背中を押してやる。
公爵が発する事で恐れ戦きよりも重圧が勝れば、素直に足を前へと出してくれる者達もいる。
ああやって前に進む面々は、俺が実行しようとする政策なんかに反抗心を見せないタイプと見ていいだろう。
逆に俺の発言よりも恐れが勝る者たちには、移動後に見せる力によって、更なる恐れを抱かせて素直になってもらうしかないな。
「悪い笑みだなトールよ」
「そう言う爺様も俺の心を読んでいるようで」
「当然であろう。我が可愛い孫の考えている事は分かるというものだ」
本当に孫を甘やかす好々爺タイプだな。
「お二人とも。その笑みは向こうには見えないようにお願いします」
「左様ですよ」
などと指摘をする先生と荀攸さんも十分に悪い笑みを湛えている。
四人で笑みを湛え、これから目にするであろう脅威にどういったリアクションをするのかを想像すると、更に四人揃って口角を吊り上げるのだった。
――――令嬢や子供が拒んではいたのが目立ったが、一家族を残して搭乗。
その残った家族の子供は乗りたくないと抵抗を見せて、勇敢にもS級さんに蹴りを入れていた。
これがただの下男ならば子の親も蹴られる下男に問題があるのだと、傲慢な貴族然とした発言をするのかもしれないが、スーツからでも分かる鍛え抜かれた体に眼力。
何より公爵である俺が勇者であり、ギルドの会頭である事を理解している大人達からすれば、このスーツの男性が勇者の仲間というポジションだというのは直ぐに理解できる。
つまりは公爵直属という事だ。
如何に貴族であっても、直属に対する不遜は公爵に対する不遜に繋がる。そう判断した父親は平謝りだった。
貴族だからな。あの父親は今までの人生の中であんなにも頭を下げた経験はないんだろうな。
子供にも謝るように促す中で、S級さんは元気なお子さんですねと笑顔で返し、乗るように進めれば、これ以上の無礼は出来ないと、父親は子供を抱きかかえてそそくさと搭乗する。
これにて全員が搭乗完了。
後部ハッチが閉じるところで内部から令嬢達の悲鳴が上がったけども、それを断ち切るようにハッチは完全に閉じる。
閉じて直ぐ、チヌークのタンデムローターがゆっくりと稼働し、徐々に回転速度が上がり高速となれば、全長三十メートルの巨体が宙に浮く。
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