PHASE-988【家宝】

「ふん!」


「ふんぬぅ!?」

 ――……まあただし、これがなければの話だけどな……。

 なんなのこの神速の抜刀は……。

 目でまったく追うことの出来ない速さなんだよな。

 ストレンクスン使用で動体視力だってしっかりと向上している。

 だというのに補足することが出来ない。


「まるでベルの剣じゃねえか……」

 有り難いのは――、


「どりゃ!」


「チッ!」

 牽制の蹴りが上手く胸部に入って後退させることに成功。でもダメージはなし。

 ベルと違って鉄仮面の場合は納刀するという動作が余分だから、そこが隙になってくれることだ。

 ベルの場合は抜き身の状態で振っての神速だからな。それに比べたらこっちは可愛げがある。


「はっ!」

 当たれば間違いなく即死ルートなんだけどね……。

 連撃じゃないだけ有り難いと思っておこう。


「これも躱すか!」

 背骨をポキポキとならしつつ、上体を反らして何とかってところだけどな。

 刀の軌道は捉えることが出来ないけど、上段からの振り下ろしをしっかりと目にしていたのが役に立っている。

 刀身の長さは振り下ろしと、鞘の長さから推測できるというもの。

 でもって、


「うちのギムロンが喜びそうな業物のミスリル刀だよ」


「家宝の一振りだ」

 家宝って。傭兵の団長殿の家には代々引き継がれる業物がしっかりとあるんだな。 

 コクリコのフライパンを目にしてシェザールが激昂したのって、団長が使用する愛刀の刀身もミスリルだからだろうな。

 自分とこの団長が有する家宝に使用されているレアな鉱物を調理器具に使用されているってのが気に入らなかったんだろう。


「次はその首をいただく」


「やれるかよ」

 魔法付与された得物でもあるミスリル刀。

 火龍装備だから大丈夫だと高を括っていたら死ぬ。

 当たらないという事を前提に戦うことが大事。

 というか、それは当然。


「いくぞ」

 納刀からの驀地。

 アクセルは使用してこない。

 本人も言っていたけど、アクセルから即斬るという動きはまだ修練不足の模様。

 反面、驀地からの抜刀なら繋げやすく、こちらに対して効果的な斬撃が出来るというのが強味。

 ならばこちらは、その驀地の勢いを削がさせてもらう。


「ウォーターカーテン」


「イグニースかと思えばふざけた魔法だ」

 籠もった声には笑いも混じる。

 初歩の相殺魔法だとしても、自力で覚えた魔法だからな。馬鹿にされるとイラッとするね。

 

 初歩であろうが――、


「物は使いようなんだよ!」


「くだらん!」

 柄に添えた手がしっかりと握られたところで、


「イグニース!」

 炎の盾を水の幕へと押し当てる。

 下位魔法であるウォーターカーテンに、上位魔法であるイグニースで触れれば、一瞬にして水蒸気となり濛々と立ち込める。


「ええい!」


「上手くいった」

 正面から迫る鉄仮面の視界を遮ってやる。

 生み出された白煙に一瞬だったが切れ目が入った。

 視界不良のままでの抜刀では、俺に当たることはない。

 ただでさえ視界が限定される仮面をつけているからな。この水蒸気はたまらないだろう。


「小賢しい!」

 ――声に焦りが見えるぜ。

 声で位置を悟らせたくないので、心で言葉を零す俺は背後へと回り込むことに成功。

 声を発することはせず、立派な彫金が施されたフルプレートの鎧の背に向けて後ろ袈裟にて仕掛ける。

 勇者としては卑怯な感じもするが、即死級の攻撃を繰り出してくる相手に卑怯とか思って躊躇すればこっちがやられる。

 

 戦いとは有利に事を運ぶが定石という鉄仮面の台詞を言い訳とさせてもらい、ダッシュからの後ろ袈裟は……、残念ながら躱されてしまった。

 

 二人して舌打ちをする。

 俺は当然、好機の一撃を見舞えなかったから。

 鉄仮面は、咄嗟に行った前転による回避が不格好だったことが原因だろう。


 躱されはしたけども、回避する姿には余裕はなかった。

 しっかりと見極めて戦えば、勝てる相手だ。

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