PHASE-976【挑発にはのらないように……】

「S級さん達に監視だけをさせて敷地内まで連中を入り込ませたのは、俺の経験値アップの為ですか」


「「その通りだ」」

 向こうの二人が声を揃えたからって、こっちまで揃えなくてもいいんだけどね……。


「主殿、敷地に入り込ませたのにはちゃんとした理由があります」

 スパルタ二人と違って荀攸さんの柔和な笑みは癒やしだな。


 ――――荀攸さんと、今は王都へと向かっている先生が画策した通りに事は進んでいるという。

 この日に連中が決行すると分かっていたそうだ。

 

 決行――つまりは各地で肩身が狭くなった傭兵団が、俺達に対して復讐をする為の行動。

 

 王軍が公都より去り、雪の積もる季節に征北、近衛をはじめとした兵達に休暇を与える。

 しかもそれを公都の大通りで大々的に伝えた荀攸さん。

 公爵屋敷が手薄ですよ。と、街中に潜伏していたこいつらに伝えるためだったそうだ。

 

 各地で生業を奪われていった傭兵団が俺を恨むのは分かっていたけども、こうやってわざわざ敷地内まで誘わなくても良かったと思うんだけど。

 隠れ潜んでいたアジトなんかをS級さん達が見つけて包囲すればよかっただけだろうに。

 現にS級さんはコイツ等を常に監視していたそうで、今日ここへと攻め入ってくるのが分かっていたのも監視中に得た情報からだそうだ。

 そういった情報のやり取りを常に行っていたから、荀攸さんは耳にずっとイヤホンをつけてたんだな。

 俺に食事を多く取らせないようにしたのも、戦闘に発展した時に動ける状態にしておきたかったからか。


「どうもこの傭兵団は公都内を熟知しておりましてね。屋敷の隠し通路を知っているというのも監視部隊の報告で受けておりました。ならばここへと誘い込んだ方がいいと思ったしだいです」

 公都を熟知しているとなれば、相手は地の利を活かして市街地戦を展開してくるかもしれないと荀攸さんは考えた。

 追い詰められた連中は何をするか分からない。民家に対しても躊躇わず火を放つ可能性もある。

 そういった事態にならないように、無駄に広い公爵邸の敷地内に誘い込み、ここで一気に勝負をつけるという算段を立てたそうで、連中を誘いやすくする為に兵達が休暇に入り、現在、屋敷が手薄になっている事を街中でわざわざ大声で発したわけだ。


 正直、なんでいつも計画を俺に知らせないのか……。

 クラスアーチャーばりの単独行動スキル持ちばかりで困ったもんだ……。

 困った事でもあるが、領民に被害が出ないようにしたと言われれば、俺は口に出したい不満をぐっと堪える。


 領主たる者、領民の事を第一に考えないといけないからな。

 ――あれ。今の考え方すごく格好いいな。

 と、自画自賛している中で、


「こういった事はちゃんと事前に話していてほしいですね!」

 俺同様に話を聞かされていなかった、ナカーマのコクリコはご立腹。

 まあ俺が先生と荀攸さんの立場ならまずコクリコには言わんわな。

 目立ちたがって相手に感づかれるような行動を起こすのがコクリコ・シュレンテッドだからね。

 もしかして、俺もコクリコと同類だと思われているから聞かされてなかったのかな?

 俺はコイツとは比べものにならないくらいに謙虚な忖度男なんだが……。


「何を仲間同士で言い合っている。この状況で随分と悠長なことだ。だからここまで容易く進入を許してしまうのだ」


「んだとコラッ!」

 ワザと誘い込まれたということも知らないままに闖入してきた分際で!

 まだシェザールに言われるなら我慢も出来るが、如何にも筋肉突撃馬鹿タイプのガラドスクに言われるのは我慢ならない。


「誘い込まれたことも分かっていない筋肉馬鹿に言われたくないですね」


「おお、いいぞコクリコ! もっと馬鹿にしてやれ!」


「馬鹿馬鹿しい」

 鼻で笑って返してくるガラドスク。

 どうやら自分たちが実力で進入できたと思っているようで、コクリコの発言なんて意にも介さない。

 小娘が負け惜しみを言っている程度にしか思っていないようだ。

 ここで俺が顔真っ赤になって言い返しても同じになりそうだから我慢する。

 すっげー馬鹿した感じで口角上げて見てくるけども我慢。


「まったくこれが新公爵とその従者とはな。カリオネルの馬鹿と違って御しにくいようだが、馬鹿なのは変わらん」


「んだてめぇ!」


「安い挑発に乗るな」


「――おう……」

 ベルに軽く小突かれる。


「そもそもが――だ」

 今度はシェザールが前へと足を進め、髪で覆われた顔から口だけを覗かせる。

 上がった口角は明らかにこちらを馬鹿にしたもの。


「あのような旗を高らかと掲げているのが馬鹿な証拠だろう」

 笑みを浮かべて継ぐ発言に、顔真っ赤になっていた俺は一気にクールダウン――しすぎて凍死しそうになる。


「確かにな!」

 シェザールが屋敷の屋根で棚引く公爵旗を指させば、ガラドスクが鷹揚に頷きながら哄笑。

 それを合図としたように、他の連中からも一斉に笑い声が上がる。

 こちらを完全に馬鹿にした哄笑による唱和。

 俺だけでなく、俺の回りの面子もきっと心胆を寒からしめていることだろう……。

 

 ただ一人を除いて……。


「シェザールよ、開戦の合図としてあの旗を燃やしてはどうか?」


「それは妙案だ」

 くつくつと笑いながら、金色の蛇が巻き付いた黒いスタッフを旗へと向けようとしたところで、


「馬鹿! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉお!」

 間髪入れずに必死の声で制止を求めたのは――――it's me俺。

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