PHASE-405【やっぱりお前かい】
急いで火龍の装備を身につけ、マントを羽織り、腰に残火を佩く。
「ほら」
と、眠気を覚まさせてくれるかのように、濡れたタオルを手渡してくれるベルの細やかさ。
目は冴えているが、ゴシゴシと顔を拭けば冷たさが顔を小気味よく刺激してくる。
おかげで精神が引き締まった。
「行こうか」
残火の柄をグッと強く握ってから覚悟の発言。
最悪の場合、人を斬ることになるかもな。
ランシェルちゃんだけでなく、メイドさん達に――――、侯爵。
殺意のない場合は鞘を付けたまま戦い、あるなら斬るわけだ……。
そうならないことを祈りたいところだな。
「覚悟はあるようだな」
「敵なら斬るさ。じゃないと俺たちが危機に瀕する」
口に出して自分に暗示をかけていく。
侯爵が敵となった場合、俺たちは敵中も敵中。ど真ん中にいるわけだからな。躊躇なんて出来ないだろう。
決意を目から感じ取ってくれたのか、語りかけてきたベルは鷹揚に頷いてくれる。
人を殺めるか……。
「とりあえずは戦いとなれば、様子見でソフトキルだ」
俺の心情を悟ってのゲッコーさんは麻酔銃を取り出す。
右手で麻酔銃。左手は俺の背中を優しく叩く。
それに力をもらった俺の足は前に動き出す。
「真意を確かめないとね」
二人へと語り、ゲッコーさんを先頭に俺たちは歩き出す――――。
「トール。無事だったみたいね」
「二人のおかげだよ」
通路をしばらく進んで行けば、シャルナが待機していた。
「私達の知らないところで色々としてたようですね」
と、シャルナと共にいるコクリコが俺へと語りかける。
語調は不服といったところ。
自分だけ除け者にされていたのが嫌だったようだが、そこは俺も同じだから我慢しろ。
俺なんて相手の尻尾を掴むために利用されたんだと述べれば、俺が弱っていた時のことを思い出したようで、なんともいえない顔でコクリコが俺を見てくる。
「倍返しといきましょう」
外されていた分、ここで活躍してやろうと、コクリコの手にしたワンドの貴石が、所持者の力に反応するように輝き、青い光が漏れ出す。
「気合いを入れるのはいいけど、力はおさえてね」
光でばれるのが嫌だと、シャルナがコクリコに苦言。
青い光に照らされたシャルナの笹状の耳にはイヤホンマイク。
道中でゲッコーさんが独白のように喋っていたが、シャルナと連絡を取っていたようだ。
合流がすむーずだったのも連絡のおかげ。
「ここか――――」
「そう」
ゲッコーさんが角から頭だけを出して先の通路を確認し、シャルナが返す。
俺には馴染みのある場所だった。
――――鏡の回廊だ。
俺が先日、迷子になって来たところだと伝えた。
ランシェルちゃんが侯爵に仕置きという暴行を受けていた場所だ。
「知らず知らずにお前はここに来てたのも何かの運命かもな」
探索をしていた自分たちよりも早くにここに来ていたことも、勇者としての素質かもしれないとゲッコーさん。
この場所となれば、十中八九、侯爵が黒だということになる。
俺は侯爵の執務室の場所を知っているから、必然的に俺が先頭を進むことになる。
中腰姿勢で音を立てずに執務室までの距離を縮めていく。月明かりのおかげで、灯りは入らない。
視界が捉えるのは、鏡の回廊の先より、暗がりの中で光が零れる場所。
光が零れるのは執務室からだった。
扉が完全に閉まりきっておらず、光の縦線が暗闇に目立つ。
足を止めて肩越しに後ろを向き頷けば、皆も同じ所作で返してくる。
扉前で待機し、聞き耳を立てれば、なんとも有りがたいタイミングで、
「この役立たずが!」
怒りに支配された男の声が隙間から光と共に漏れ出す。
もし扉が閉まっていたとしても、この大音声だと、この辺り一帯には十分に聞こえるものだった。
声の主は、執務室の主で、この屋敷の主でもある侯爵のものだ。
「この様な容易いことも出来ないとはな。よもや拘束されそうになるとは、おかげで我々が敵対者だと認識されただろう。傀儡にする予定が!」
うん……。聞こえてくる内容は、俺の事を傀儡にするって事だよね。
で、やはり首謀者は、なんのひねりもなく侯爵だったというわけだ。
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