PHASE-766【似てるようで似てない】
――マイヤの偵察では、糧秣廠にも兵員の増強が施されたそうだが、傭兵たちは動いておらず、馬鹿息子と一緒に要塞に待機していると推測。
大軍を有して敵を簡単に倒せるからと高を括っているようだ。
やはり馬鹿だな。
砦には正規兵ばかりが動員されているそうで、傭兵たち同様に、麓の征北騎士団はまだ動いている様子はないようだ。
また大軍ゆえに行軍速度は遅いようで、俺たちが通常よりも一日遅れでウルガル平野に到着したが、そのちょっと前に相手も砦に兵を移動させたそうだ。
「本来なら戦巧者の者達を前面に出して戦うのですが、大言は吐いても小心者ということでしょう」
と、先生。
側には命令を容易く聞き入れる傭兵を侍らせるけども、一応は自分の足元――つまりは要塞のある山の麓には精兵を配置しておきたいということだろう。
本当ならば、征北騎士団なんかのように練度の高い者達に指揮をさせれば、砦への派兵ももっとスムーズになってただろうに。
団長補佐であるミランドと四人の騎士団の処刑による士気低下も、移動を鈍化させている原因の一つだろう。
「やっぱり馬鹿ですよね」
「その通りですね。主」
先生と二人して頷きあう。
馬鹿息子は攻め手の如く振る舞っていたのに、こっちから攻めるような格好になっているからね。
愚連隊程度の傭兵を重用した結果が浮き彫りになったな。
「士気も低いみたいだし、正面からぶつかって渓谷を抜けてやってもよいな」
「お待ちを。王よここは手はず通りに」
「であるな。荀彧殿の案通り、二手に分かれる」
――――分かっていたけど、瘴気に耐性がない方々は渓谷方向から。
俺のようにこの世界の住人ではない面子と、瘴気の影響を受けない面子で瘴気方面から進行。
ここで百人を超えるメイドさん達の半分は俺たちに随伴。
魔族だから瘴気の影響を受けないというのが強味だ。
もちろん戦意高揚と回復のために、砦側にも出向いてもらう。
男なんてもんは、美人が頑張ってと言いながら回復魔法をかけてくれるだけで、頑張れる単純な生き物だからね。
とくにサキュバスさん達は全員が美人だし色気もあるから、男達は地力以上の力を発揮するだろう。
色香に当てられすぎて、辛抱たまらないって事になっても、サキュバスさん達は一般の兵達よりはるかに強いから、力で無理矢理に組み伏せられるって心配をしなくていいのも有りがたい。
「では主。我々はこちらから。陥陣営殿、本気を出しつつも適度に攻めてください」
「理解した」
高順氏のユニークスキルである【陥陣営】で征東騎士団を突撃させれば、あっという間に向こうの砦を落とせるからね。
タイミングを合わせるためにも、高順氏には一気にやって欲しくないといったところだろう。
「リン殿も」
「分かってるわよ」
リンも渓谷サイドの攻め手に回る。
こりゃ砦攻めは余裕そうだな。
王侯貴族がいるから砦サイドの戦力は万全を期さないといけないしな。
――――王様達と別れて俺たちは瘴気サイド。
面子は多くない。
S級さん達にメイドさん達を入れて百を超えるくらい。
「でもよくよく考えるとおかしいですよね。公爵の砦って」
「陸の孤島ですからね」
と、先生は直ぐに理解してくれる。
象ほどあるヒッポグリフとスピットワイバーンは今は飛行せず、ダイフクと轡を並べての歩行。
ライム渓谷は王土であるウルガル平野にあるというのに、なぜか砦だけは公爵の勢力下にある。
本来はアルサティア川を境に王土と公爵領に別れているはずなんだけど。
理由は魔王軍が本格的な進行を始める前に遡るという。
その時代、馬鹿息子の父親である公爵と、病に伏した父親から王の座を引き継いだ若い時の王様との間に生まれた軋轢が、端を発しているとの事だった。
公爵としては、やはり王弟である自分こそが次の王という考えもあったようだけど、その考え通りにはならず、兄である前王は息子に王の位を譲る。
子に継承は当たり前なんだけども、公爵にも王になれるという自負があったようだ。
でも若くして賢君と呼ばれた王様に、正面から直接ぶつかるというのは避けていたそうだ。
それでも来たるべき時に備えて、前王が病で亡くなったと同時に、ライム渓谷に砦を無断で築いたそうだ。
この事はかなりの大問題になったそうだけども、いかんせん人間が大陸で有する領土の二割を持つ存在が実行したという事もあり、しかもそれが前王弟ということもあって、王様を始め諸侯も強く言えなかったというのが信実であるそうだ。
もちろん抗議はしたし、取り壊しの王命も出したけども、のらりくらりと躱されて今に至るという。
「実効支配に似てますね」
「言い続ければ嘘も本当になると言うことでしょうね。まあ王も、解決のための実力行使を考えていたそうですが、その前に魔王軍が本格的な進行を始めたとの事で、この問題は棚上げの状態だったそうですが、今回でそれも解決するでしょう」
「こちらが勝てば全てに方が付きますからね。にしても、昔は公爵もしっかりと野心を持っていたってことですね」
やはり馬鹿息子の親って事か。
したたかさと剛胆さは、息子には遺伝していないみたいだけどな。
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