PHASE-145【アイガー】

「大変だ……。コクリコが瘴気に支配されてしまっている……」


「馬鹿な!? 火龍は確かに解放した。浄化も目に見える限り問題ないはず……。まさか、ガスマスクでは防げなかったのか? 自由を奪ってしまった状態で、吸引してしまったのか……」

 可能性は高いぞベル。喋るのきつそうみたいだけど。

 大丈夫? と、心では思っているから。

 玉々が痛くて、まともな呼吸と会話が出来ない俺を許せ。

 

 それにベルに落ち度はないぞ。

 ここに来るまでに再三注意はしたんだ。それを覚悟できたコクリコの責任だ。

 冷たい考え方だが、事実だ。

  

 股間がズンガズンガと鈍痛に見舞われた状態だと、まともに口も開けない。

 なので、ジェスチャーで拘束を指示すれば、それを得意とするゲッコーさんが、即座にコクリコの背後に回る。


「心配ご無用。私は正常ですよ」

 へ?

 大きく深呼吸をしてから――、


「じゃあ……、なんで俺の子孫繁栄を司りし玉々様を……?」


「私だけを除け者にして! 私の自伝に、大きな損失が発生してしまいましたよ!」

 それでお怒りなわけか……。

 

 まったく! マジでふざけんなよ! 俺たちは優しさで実行したんだよ!


「うう……」

 言い返したいが、大声を出そうとすれば、口からもどしそうなくらいに、股間からのズンガズンガが、全身を駆け巡る。

 

 火龍との戦闘より辛い……。


「大丈夫か?」


「ベル……」

 最近は本当に優しいな。自分だってしんどそうなのに、俺の心配をしてくれるとは……。


「腰をさすってくれい……」

 その優しさに甘えさせてくれ……。


「まったく……」

 おお! 本当にさすってくれるとは。

 美人にさすってもらえれば、治りも早そうだ。


「ふん!」


「ぐえ!?」


「これくらいで、いいんですよ!」

 この! 三大北壁は、アイガーの如き断崖絶壁な胸の所有者め!

 

 俺が抵抗できない事をいい事に、踏みやがった!


「やめてやれ、活躍したんだ」


「だから許せないのです。痛がるふりをして、ベルに優しくしてもらいたいだけですよ」

 よく分かってるじゃねえか。だがな、ふりってなんだよ!

 この原因を作ったのは、お前だろうが!


「この痛み、無い奴にはわからんだろ゛!?」


「下品だ」

 だからってベルさん。思いっ切り踏まなくてもいいじゃんよ……。


 ベルはいいとして、一緒になってゲシゲシ踏んでくるアイガー! テメーはマジで許さねえからな!

 

 ゲシゲシと続く中で、トサッと音がすれば、四つん這いの俺の背に重みが発生。

 けっして不快な重みではない。


「?」

 なんだ? と、背中を見るように頭を動かせば――、


「はふんっ!?」

 ベルが俺に覆い被さっている。

 

 なに!? なに? この状況!?


「おいベル?」

 急な事で、俺の声が上擦ってしまったが、


「ベル!」

 ゲッコーさんのただ事じゃない声に、俺は股間の痛みを忘れて起き上がる。

 覆い被さったベルが地面に倒れないようにゆっくりと。


「ど、どうしたんですか!?」

 コクリコも慌てふためいている。

 ――地面に寝かせれば、


「不甲斐ない姿を見せたな……」

 声に覇気はないが、仰臥の状態でも気高さは消え失せない。


「どうしたんだよ」


「力を使いすぎた……」

 火龍の時の青い炎。


 クラーケンの時は感情にまかせて使ってしまった事を反省していた。


 今回は俺たちを守るために、極限状態での使用だった。


「猛省せねば……」


「猛省はいいから、大丈夫なのか?」

 冷静に応対しようとしてるつもりだが、俺の声は震えている。


「情けない声を出すな……。それでも勇者か……」

 やめてくれるその言い方。まるで死ぬ前みたいじゃないか……。


「俺が情けないのは元々だから。それよりもベルが大丈夫なのかと言ってるんだ」


「心配ない。少し横になっていれば問題はない」


「本当だな」


「私は大言と虚言を嫌うと以前も言った。嘘は言わない」


「「「ふぅぅぅぅ――」」」

 それを耳にして、三人で大きく安堵の息を漏らした。


「……え!? え!? え!?」

 安堵したのも束の間。

 ベルの姿に、俺は大いに慌てる。


「おい、ベル!」


「うるさい。少し眠る……」

 いやいやいや! えぇ!?

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