PHASE-264【粗挽き。中挽き。細挽き。どれがお好み……】

 俺の怒りは爆発的なものではなく、嵐の前の静けさと例えるべきだろう。

 だが、さっきまでの怒りの比ではない。


 先ほどまでとは違う怒りの感情の大きさを皆が理解したようで、周囲に走る緊張も大きなものに変わっている。

 

 コクリコも自分が余計な発言をしたと察したんだろうな。


「本当にごめんなさい。反省しております。調子に乗って陵辱された事を言いふらすとか発言しましたが、今回の事は全面的に私が悪かったです。私なんかが勇者トールに勝てるわけがないんですから。これからもこの世界のために粉骨砕身で――――」

 またまた……、本心じゃないことを口にして……。

 どうせ喉元過ぎれば調子に乗るし、政治家のように反省と発言しても反省しないで、これからも国民という名の俺を大層こまらせるんだろうな~。


 ――……本当、許せねえよ…………。


「俺の名は遠坂 亨。皆からはトールと呼ばれる存在――――」

 突如として始まる俺の自己紹介。

 語調からしてまだ発言が続くと理解したようで、継がれるだろう発言のあいだに生まれるに、耐えきれないのか唾を飲む面々。

 ゴクリって音がしっかりと方々ほうぼうから聞き取れた。

 

 ――空洞内をゆっくりと見渡す。


 コボルトも多くいるから注意はしないといけない。墓もあることだしな。

 トロール戦の空洞に比べれば狭いが、まあ問題ないだろう。


 出来るだけチートな力は今回は使わないと決めていたんだが、コクリコにならいいよな。

 ああいいさ! いいに決まっている!!

 そもそも足止めとはいえ、すでにティーガー1も使っているんだしな。


「――――コクリコ・シュレンテッドを殺める存在……」

 ようやくここで継げば、瞬時にして空洞内が凍りつく。ピシリと擬音が聞こえるようだった。


「嘘です……よね……? トール。いえ、トール様」

 戦慄きながら俺に対して様付けだ。

 初めて耳にしたよ。お前が俺を様付けするなんてな。

 ポーチより再びプレイギアを取り出し、今度はコクリコと俺の間に向ける。

 この動作でコクリコが理解するのは、俺が召喚した存在で、コクリコをしばくということだろう。


 俺の闇に染まる声に、これはガチなヤツだと悟った皆さんは、とばっちりはゴメンとばかりに、俺を直視しない。

 先ほど俺を制したタチアナも、制止しようとする動きを見せない。


「出てこい豆戦車タンケッテ! カルロ・ベローチェ!」

 ティーガーに比べれば半分ほどの輝きが空洞内で発生。


「――あら、可愛い」

 大きさもティーガーの半分ほどの豆タンクが顕現。

 愛らしさについつい声を出してしまうが、いまは目の前の小悪魔退治が大事。


「三度目の発言だ。メチャクチャにしてやる! 無限軌道で挽肉にしてやる!」


「ヒィィィィ! 本気で怒ってるじゃないですか!」


「皆に言ってもらおうぜ。うへっ、こりゃミンチより。ってな! ひでぇやじゃないから。ひでぇよだから。ここ間違えないように」

 乗り込んでプレイギアで操作。

 ティーガーとは違い、軽い起動音。


「アヴァンティ」

 イタリア戦車ということで、イタリア語で前進と発言。

 発する語調は仄暗さを纏っている。


「やめてください!」

 重戦車にはない機敏な動きでコクリコを追いかけ回せば、黄色と黒のローブを靡かせながら、必死の形相で逃げ回る。


「オイ! こっちくんな! 巻き添えはごめんじゃ」

 汚え奴だ。というか生き抜き方を知ってやがる。

 ギムロン達のいる方向に逃げ込んで、俺の追撃を止めようとする腹積もりだろう。

 だが、新米を含めて有能な冒険者たちだ。コクリコの考えを理解した皆は、一斉に離れる。


「ちょっと、誰か!」

 近づこうとすれば、皆はコクリコから逃げ出す。

 コボルト達も弱っていたのが嘘のように、元気にコクリコから離れていく。


『モーセの海割りの奇跡のようだな。まあ、お前の場合、活路を見出せるのではなく、絶望の道を歩むことになるんだがな!』

 スピーカーより発せば、


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」

 恐怖に怯える発狂にも似た叫びが返ってくる。

 

 ――――長時間に渡り、コクリコの悲鳴と、履帯駆動音だけが空洞内に響くのだった――――。


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