PHASE-1657【高揚から興奮】

「それでは傾国の美女であり、システトル様のお側におられる、うら若き舞姫による踊りをお楽しみください」

 ムアーは言い終えると、壇上からおりるのかと思えば、自分こそが一番近い場所で見てやる! とばかりに、その場を離れることなく居座る。


「音楽などがあれば助かるのですが――」

 普段の凛とした言い様ではなく、柔らかくも少し婀娜っぽさのある声のベルからお願いされれば、


「音楽!」

 会場に響き渡るムアーの声。


「そうだ! 早くこの美女の踊りに合う音楽を用意しないか!」

 と、続くのは、


「アプール殿……」

 呆れる老公。

 武王と称されるほどの成功者が成金連中と同じ位置でみっともないことこの上ないとばかりに嘆息を漏らす。

 でもそこはロイル領にて大きな力を持つ存在の発言。

 効果は抜群とばかりに、会場内で皆様の耳を楽しませてくれるために集められた楽団が急ぎ壇上側へと移動し、ベルの現在の姿に合わせて、色気ある音楽を弦楽器と管楽器が奏で始める。


「女神の微笑か」

 と、老公。

 この世界では有名な曲のようで、妖艶な女神の微笑みに男達がたぶらかされるという内容のもの。

 正に目の前の状況そのものだな。

 曲が始まったばかりでベルがまだ動いていないのにこの熱気よ。

 動き出せばどうなることやら。

 

 ――物静かな弦からの音。ここに静々としながらも長く響く横笛。

 ベルからすれば初めて耳にする音楽だが、静かな音に合わせて――動き出す。

 楽器の音に装飾品からのシャンシャンという音も混ざりだす。


「「「「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」」」」

 腰をやおらくねらせ、何もない空間にしな垂れるような所作をすれば、それだけで野郎達は歓喜の雄叫び。

 ええ、その中には俺のものも混ざっていましたとも。

 ゆったりとした曲調に従うように動き、スローな動きでのY字バランスからの踵落としを思わせる軌道。

 ハーレムパンツに大胆に入ったスリットから雪肌の太股がまろび出れば、ここでも歓喜の声が上がる。

 もちろん俺のも含まれますよ。

 横にいるルーフェンスさんはソドンバアムに対して情けないと毒を吐いていたが、踊りが始まれば完全に魅入っていた。

 生真面目だがやはりそこは健全なる男ですな。


「ここから曲調は熱が入ってくる」

 指でヒゲをしごきつつ楽しげな老公。

 ゆったりとした曲調だったが、老公の発言に続くように曲のテンポが徐々に速くなっていき、速さと共に音にも激しさが加わってくる。

 今までは弦楽器と管楽器がメインだったが、ここで少しずつ打楽器が入り込んでくる。

 楽器の数が増える事で音に厚みが生まれ、更に音が加速。


「お!」

 ドォォォォォォォォォォン! と、轟音が一つ。

 離れた位置にいる俺の体を音の衝撃が通り抜ける。

 バスドラムを棍棒を思わせる撥で叩けば、五月蠅さを感じる暇を与える事なく強い衝撃だけを与えてくる。

 大きな音が轟けば、同様の音がこれからは自分が主役とばかりに他の音に合わせて何度も叩かれる。

 ベルの踊りを近くで見る連中はその音に驚くことはなく、更に高ぶる。

 理由は音に当てられたのが俺たちだけではなく、踊り手のベルも同様だったから。

 主張してくる轟音にベルの動きがゆったりとしたものから激しく情熱を帯びた動きとなる。

 そうなれば面積の少ない赤いビキニに隠されたお胸様も激しく揺れ出す。

 間近で見る連中はたまったもんじゃない。

 絶世の美女による激しい踊り。

 見る者の情欲を刺激する舞と音。

 

 しんぼうたまらないと今にも一緒の高さに行きたいとばかりに男達が動き出すが、それを懸命に私兵の面々が抑える。


「アプール殿も楽しんでいて何より……」

 老公が嘆息気味に言葉を漏らす。

 紳士なナイスミドルも成金連中と一緒になって鼻息が荒い。

 で、老公の側にいた由緒あるであろう金持ち連中や貴族っぽい連中もいつの間にか壇上の側へと移動し、自分が自分がと人波をかき分けてアリーナ席を確保しようと躍起である。


 ――老公の考え通りだな。


 いま踊っているのは王都では美姫と称される最強さんなんだけども、いま魅了されている面々はそんなことをまったく想像することなく、眼前の踊り子の舞を近くで見て、そして関係を持ちたいという渇望にだけ支配されているようである。


「最高♪」

 雑嚢から顔を覗かせるミルモンのモチモチほっぺがツヤツッヤでぷるるん。

 邪な感情――色欲まみれの負の感情が会場全体に充満しているようでとても幸せそうだった。

 

 だが、


「あまり情熱的に激しく踊られれば、それに比例して見てる連中が高ぶる。抑えるのが難しくなりそうだな」

 私兵だけでは厳しそうだ。

 心配になってくる。


「自分も手伝ってきていいでしょうか」


「もちろん。私の護衛もですが、私の随伴者を守るのも護衛の仕事ですからね」

 快諾してくれる老公。

 ソドンバアムに近づけるのはまずいので、ルーフェンスさんには老公の護衛をしてもらい、


「はいはい! あまり気を高ぶらせないでくださいね!」

 人の波をかき分けて最前列まで即移動。

 うむ。修羅場を潜ってきているだけあって、ちょっとピリアを使用すれば、おっさん達をかき分けるのは容易い。


「なにを割って入ってきている冒険者!」

 高揚から興奮に変わっている贅肉ボディのおっさん。

 興奮は伝播しているのか、他のおっさん達もかなり高ぶっておられる。

 これを抑えていた私兵の面々は優秀だよ。

 互いに腕を組み合って人間フェンスとしてよく堪えてくれた。


 その頑張りに応えないとな。


「ふんす!」


「「おおっ!?」」

 俺を乗り越えようとする二人を強引に押し返せば驚きの声。

 後に続くおっさん達も無理矢理に後方へと下がらせてやった。


「新米の分際でかなりの力だな!」


「新米でもこの地における有力者の護衛をしているのは伊達ではないんですよ」

 迫ってきた贅肉たっぷりのおっさんへと言い返し、


「少しばかり落ち着きましょうか。もし登壇してこちらの護衛対象を押し倒すなどということになってしまえば、貴方方にとって恐ろしい敵を作る事になりますよ!」


「う、ぬうぅぅ……」

 熱が下がったのか、後方に立つ老公へと視線を向ければ目が合ったようで、冷静さを取り戻したおっさんが人の山から後方へと下がる。

 良い感じにこれが伝播し、興奮状態から落ち着きを取り戻してくれた者達が現れる。

 

 完全な収拾とはまだならないが、私兵達の負担が和らいだようでなにより。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る