PHASE-468【夢、間に合ってます】
「彼女は一見、冷たそうだが、温かい人物だな」
「まあね」
子供たちの相手をしてくれているから、ガルム氏は感謝している。
俺に対しても冷たいようだけど、なんだかんだで優しかったりする。ここ最近はとくに。
ただ、スパルタがすぎるだけ。
ご褒美もくれと言いたいところだが、躊躇する。ご褒美=剣術の稽古だからな。
そのルートに乗れば、ボッコボコにされる未来しか見えない。
だから言わない。じゃなく、言えない。
「皆でお風呂に入って一緒に寝よう」
でたよ……。愛玩といると、本当にポンコツになるよな……。
ゲッコーさんだけでなく、コクリコにシャルナも苦笑いだ。
まあ、当人が満足しているからいいんだろうけどさ――――。
「狭いが我慢してくれ」
港なんかで目にするような荷役台の上に藁。その上にシーツが敷かれた簡素な寝床を提供してもらう。
男と女は別々の部屋。
といっても、男勢は食事をしたリビングの机を片付けて、そこに寝床を作るといったものだ。
「トール様」
「おう、そうだな。ランシェルもいるんだよな」
だな、こいつ男だったもんな。
別段、女性陣の部屋に行っても問題ないような気もする。
「よろしければ、よき夢を――――」
「いや、いいよ。大丈夫です。間に合ってます」
くい気味で断ってやった。なんか寂しげな表情を見せてきたことに罪悪感が芽生えた。
でもそれは、女の子を悲しませてしまったという、錯覚が見せる罪悪感の芽生えだ。
なのでその芽生えは、即、刈り取る。
だってこいつは男なのだから。
よき夢を男に見せられても嬉しくないのだ。
「さあ寝ましょう」
灯りを消して、就寝を促す俺氏。
「いいのかトール」
ニヤニヤと笑うゲッコーさんがむかつく。
男にエロい夢を見せてもらっても嬉しくないですと、反対側で眠り始めるランシェルに聞こえない程度の声で言い返せば、
「だが、お前の年代が興味のあるような本は、大抵、男が描いているわけだろ」
「ぬぅ……」
真理だ。
男向けのハッスル本や薄い本の作者は男性が多い。もちろん女性も描いているが、俺に女体の神秘を教え授けてくれる伝道師たちは、主に男性作家だ。
男性作家の本を目にして興奮するのと、ランシェルが見せるエロい夢で興奮するのでは何が違うのかと、頭の中で小さな俺たちが、円卓を囲んで会議を始める。
結果は――――、ランシェルの夢は生々しいという事で満場一致。
男に生々しい夢を見せられたと分かった時のショックの大きさは、記憶に新しい。
侯爵の別邸で体験しているからこそ、回避したいということで、俺会議は閉幕。
閉幕して感じた率直な意見は、益体もない時間を悶々と過ごしたということだけだ。
「…………はぁ……」
「どうした? 眠れなかったのか?」
用意してもらった荷役台のベッドを片付けつつ、嘆息を漏らせば、ゲッコーさんに心配される。
「俺、ベッドが変わると眠れなくなるんです」
「普段は何処でも高いびきだろう」
現代っ子の俺が、何処ででも寝ることが出来るわけがないと言い返したかったが、実際ギルドハウスが無かった時は、城壁の中にある詰所や、ギルドハウス前身のおんぼろ小屋でも平気で寝ていたことを思い出す。
そう考えると、最近はベッドには困らないよな~。
まあ、今回は安眠は無理だったけど。
この悶々とした気持ちをどこかで発散したいよ……。
発散できる場所が現状ないのが辛い……。
せめて睡眠欲だけでも補うために、要塞付近までの移動中、車内では寝ていよう。
――――眠ることを優先できるこの余裕はどうよ。敵陣のど真ん中に赴くっていうのに。
いいじゃないかこの剛胆さ。勇者然としているぜ。
「すまんな。見送りだけで」
「いやいや、朝食もいただいて、道中の弁当までありがとう」
勇者一行が集落に宿泊なんて知れれば、ここの皆さんに迷惑がかかるっていうのに、皆さん気にすることなく俺たちを送り出してくれる。
ゴブリンやオークは戦ってきた相手だから、凶悪な表情だと刷り込んでいたけど、この集落の方々は柔和で優しい。
そんな優しさ溢れる笑みの裏には、不退転の決意もあるだろう。
芯の強い方々に味方になってもらうためにも、前魔王を救い出して、足枷を外してやろうじゃないか。
まだ正式に、仲間となったわけじゃないけど、この大陸にも心強い存在がいてくれるってのが分かれば、心にゆとりも生まれてくる。
なんて事をガルム氏たちに述べれば、立派な犬歯を見せながら、朗らかに笑ってくれる。
俺の発言を耳にすれば、直ぐさまメモ帳を取り出し書き始めるコクリコ。
魔大陸での第一歩を歩む【序章】と記された部分で、自分が集落の面々にその様に語った――。的な事を書いているのが見えた。
何処に来たって、何処にいたって、全くもってぶれない性格。
それがコクリコ・シュレンテッドという、まな板ウィザードだ。
このぶれない胆力は、素直に凄いと称賛だ。
調子に乗せたくないので、もちろん口には出さないけど。
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