PHASE-736【だせぇ……】

「とりあえず席に着いてもいいかな?」


「ああいいとも。これは会談なのだからな」

 冷静な侯爵がいつでも動きを制することが出来るように、側に伯爵を座らせ、俺たちも席に着く。

 一応の警戒なのか、ミュラーさんとマイヤは立った状態で目を光らせている。

 天井に目を向けないけど、俺が気付いているくらいなんだから問題はないだろう。

 天井はスルーしとこう。

 

 メイド服という傅く立場からか、座るのは良くないと考えたランシェルも立った状態。

 どうせ立つなら俺の側に来て茶でもと言うところが横着だ。

 自分はそんなつもりはないんだろうけど、天然で人をいらつかせる天才だな。

 傅く対象はこちらにいる勇者殿なのだと伯爵が怒りの声をぶつけるもどこ吹く風。

 気分を害されるのもよくないとの心配りか、ランシェルは言われたように茶を注ぎに動く。


「ふぁ!?」

 途端にランシェルの臀部を撫で回すあたり、駄目貴族の見本だった……。


「何をしているか!」


「何を怒るのだ伯よ? メイドの体を触る程度は普通だろう。むしろ高貴な存在と近づけるとなれば、下女としてのつまらん人生が薔薇色に好転するというものだ。例えそれが一晩だけの事だとしても。なあ」


「ははは……」

 力なく空笑いで返せば、そそくさと俺たちの方へと戻ってくるランシェル。


「胸はないが、尻のさわり心地はスカート越しからでもよいものだった。どうだ? 生尻を俺の寝所で見せてみるか?」

 ――……凄いよ……。

 ベルとは違った場を凍らせる能力を持っている……。

 馬鹿もここまで極まれば、そういった能力が手に入るんだな。まったく欲しくない能力だけど。

 自分が発せば、いままで全ての事が叶っていたというところからくる我が儘という名の自信か……。

 まだ若いなら世間知らずという理由で理解も出来るけど、目の前のは四十代のおっさんだぞ。

 リアルで精神年齢キッズおじさん初めて見た。

 ロイドルとミランドは俺たちの方を顔面蒼白にて見てくる。


「いい加減にせぬか!」


「うるさいジジイだ!」


「なんだと!」

 侯爵の制止を振り払い詰め寄ろうとする伯爵。

 怒り心頭の禿頭に、今までに見たことのないほど血管が浮き出ている。

 でも、ここで馬鹿息子がヘタレだというのは分かった。

 椅子を蹴倒して立ち上がった伯爵を相手に、顔を引きつらせて背を仰け反らせたからね。

 闘気や怒気は察することが出来なくても、流石に態度に出されれば理解は出来るだけの頭はあるようだ。


「――それ以上の接近は許されん」

 突如として室内に響く声。

 スルーしようとしていた天井の梁部分から黒い塊が四つ落下。

 やおら立ち上がるのは四人の男。

 伯爵だけでなく侯爵も身構え、俺の後ろに立つランシェルとマイヤの方向から金属と衣擦れの音が若干したので、構えていると想像できる。


 ゲッコーさんとミュラーさんは視線を天井に向けることもなく何事もないかのように、片方は座ったままの姿勢を崩さす、片方は佇立のまま動かない。

 まあ俺がスルーしようとする程度だからね。

 二人にとっては取るに足らないってところか。


 黒い塊に見えたのは、マタギが着るような黒い毛皮からなるマントを纏っていたから。

 マントの下で上半身を守るのは、五百円硬貨サイズの金属にて出来ているスケイルアーマー。

 つや消しをしているのか、くすんだ銀色だ。

 腰や背中には各自が得意とする得物を装備。

 防具は統一されているけど、武器は別々。

 冒険者のように武具防具が統一していないというのでもなく、兵士のように統一しているというのでもない中途半端さがある。

 四人の登場に俺たちは怪訝な表情になり、征北騎士団団長補佐のミランドはおもしろくないといった表情。

 そこからしてミランドは、連中に対してあまり好感を持っていないようだった。


「で、天井にてずっと待機していた貴様等はなんぞ」

 伯爵の誰何に四人が顔を見合わせると、合わせるように大きく頷き、


「我ら!」


「北方最強の傭兵団!」


「破邪の獅子王牙ししおうが!」


「四人衆!」

 素晴らしきポージング。

 もちろん褒めているわけではない。

 ――……だっせぇ……。

 俺とゲッコーさんは間違いなく中二病だが、これはないわ。

 中二病でも琴線に触れるのと触れないのがあるからね。こいつらは後者。

 

 破邪の獅子王牙ってネーミングはなんだよ……。語呂が悪いんだよ。せめて獅子で止めとけばよかったんじゃないの? 王と牙が余計なんだよな~。

 目にして耳にするこっちが恥ずかしくなってくるね……。

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