PHASE-57【壁上から地面へ】

「ふん」

 眼下の凄惨な光景に、ベルが炎を纏って、梯子に向かって炎を見舞う。

 炎に呑み込まれたゴブリンや、梯子を支えるオークなんかも瞬く間に灰燼と化した。


「うん」


「なんだ?」


「慈悲だよな。ベルは優しい」


「う、うるさい!」

 ストレートに褒めると弱いようだな。

 ヒッポグリフの攻撃は、スティンガーと捕獲が怖いのか、今では低空飛行どころか、地面に脚を付けた状態。

 それでも、ゴブリンやオークは梯子をかけて、上がってこようとする。 


「敵も勢いが止まらない。このままだと押し切られるな」

 その通りだ。

 少しでも勢いを削ろうと、ゲッコーさんはMASADAに変更して、ヘッドショットを決める。

 音が一発なると、隣の者が急に倒れるという恐怖を戦場に振りまいていく。


「これ以上は自信ではなく、恐怖に変わってしまいますね」

 この戦いは、兵士たちを実戦の空気に触れさせ、戦いの気概を取り戻させるための最終段階もかねており、十分な結果を得たと先生。

 その先生が乗馬鞭を次ぎに向けるのは、城壁――――の更に奥。つまりは王都の外。


「よし、行ってこい。掩護はしっかりとしてやる」

 勝ち気な笑みを湛えるゲッコーさんが、俺の背中を叩き、イヤホンマイクを手渡す。

 耳につけていると――――、


「行くぞ」

 ベルは、高さが二十メートルはある壁上から、王都外へと飛び降りた。


「「いやいやいや……」」

 これには俺だけでなく、ゲッコーさんも驚きだ。

 普通じゃない人間でも、その高さは、大怪我or死だ。

 ゲッコーさんだって、ゲーム内でこの高さなら、ラペリング降下するぞ。


「「う~ん」」

 またも二人でシンクロしてしまう。

 何事も無く着地して、纏う炎を更に強めて、そのまま驀地。

 いつの世も、女の方が強いし胆力あるんだよな。


「じゃあ、とりあえず行ってきます」


「お、おう。矢には気をつけろよ」


「はい」

 ゲッコーさんが準備してくれたロープを使って、ラペリング。

 ぎこちないが、イヤホンから聞こえてくる、ゲッコーさんの指示に従って、ゆっくりと下りていく。


「おっと!」

 まずいですよゲッコーさん。降下する俺の横で、矢が城壁にキンって音を奏でてますよ。

 レベル2の俺が狙われてますよ。

 だがしかし、俺もなれてきたのかな。

 敵がわんさかといる所に、行ってこいだのと言われて、ラペリング。今までなら絶対に拒否するはずなのに、普通に降下してるからな。


「――――お? 来なくなった」

 ゲッコーさん、冒険者、兵士たちが援護射撃をしてくれているおかげで、矢に狙われる事は無くなった。

 ――着地してベルの姿を追うように目を動かせば――――、

 なるほど、矢が飛んでこない理由は、ゲッコーさん達の活躍も大きいが、それ以上に、ベルが凄い勢いで暴れ回っているからか……。


「……火の海じゃないですか。やだー」

 あれだけ勇猛に攻めてきた敵が、ベルを前にして大混乱だ。

 一万の軍勢が、一人の美人にえらい目に遭わされてる。

 ゲームの世界じゃないんだから……。って、ゲームのキャラクターだったな。しかもチートキャラ。

 いや~強いわ。

 俺が神話級の武器をセラから貰ったところで、こんな活躍は出来なかっただろう。

 ――ベルが降り立ったのは、西門の壁上から。

 翼包囲してきた敵サイドは一転して、南門を攻める兵も、ベルの脅威に対抗させるために集結させていると、壁上のゲッコーさんから伝えられる。


『荀彧殿がカタパルトを使用する。中身は――、油だ』

 耳に付けたイヤホンから、ゲッコーさんの悪そうな声。その声音だと、ラスボスポジションなんだけども……。

 先生は、ここを火炎地獄に変えたいようだな。

 ただでさえベルの炎がえげつないのに――――、

 頭上を通り過ぎていく壺。

 バシャンと液体の音が遠くから聞こえれば、ゴウッと荒ぶる音に変わる。

 ベルの炎に触れて、油まで燃え上がる。

 眼前の敵は、現世で地獄を経験しているようだ。

 こっちは城壁を盾にしての守戦のはずなのに、蹂躙王ベヘモトの配下に対して、こっちが蹂躙している気分だよ。

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