PHASE-1062【師匠】

「じゃあ次いってみようか」

 当然コクリコの体術はスルーして俺が教える。

 コクリコからの視線もついでにスルーしつつ、上段振り下ろしからの斬り上げへと繋げる連撃を指導。

 拇指と食指を添える程度に握らせた場合と、指全部で握らせた時の違いを分からせるために数回振らせて連撃の感想を聞けば、後者よりも前者の方が次への動きに繋げやすかったと答えてくれるサルタナ君。

 分かってくれて何よりである。

 俺の握り方だと小回りが利くんだよね。


「凄く振りやすいです」


「でしょ。斧や俺が使用しないような刀剣だとまた違った握り方がいいのかもしれないけどね。それはその道の人に教わればいいよ」


「私のところはいつでも受け入れますよ」


「うん。コクリコは少し黙ってるといいよ」


「なにおう!」


「ワシは斧の柄はしっかりと握り込むけど、サルタナは会頭のを真似るといいの」


「はい。なんといっても勇者様が言ってるんですからね」


「ありがとう」


「いえ……せ、先生」

 先生――――だと。


「すみません。生意気にも勇者様を勝手に仰ごうとして」


「いや、いいんだよ」

 なんだこの甘美な響きは。

 先生って言われるだけで俺の気分はとても高揚している。

 勇者、会頭、公爵。

 この呼ばれ方は照れくさくもあるが同時にプレッシャーも大きい。

 が、この先生というのはどうだ。

 気恥ずかしさもあるが、高揚感が大きい。

 あれか? 勇者、会頭、公爵に比べれば大人数を背負うというのがない分、まだ楽な感じがするからプレッシャーよりも高揚感に満たされるのだろうか?


 なんにせよ――先生。


「いいじゃないか」

 素晴らしい響きだ。

 王都で頑張っている荀彧さんを俺は常に先生と呼んでいるが、こういった気持ちになったりするのかな?

 あの人の場合は、普段からそういった呼ばれ方をされているから慣れているかもしれんが。

 だが、呼ばれ慣れていない俺からしたらこれは気持ちいい。


「と、いうことはだよ。サルタナ君は俺の――弟子?」


「そんな大それた事は!」

 恐れ戦くように後退するけども、


「ぜんぜん大それた事ではないよ」

 嬉しいからね。弟子とか。

 俺なんかに弟子。

 素晴らしいぞ!


「なんでえ会頭。弟子とんのかい?」

 と、言われれば気後れもしてしまう。

 何たって俺もまだまだへっぽこ~んな立場だからな。


「やっぱ俺の実力だとまだ取れないかな?」


「それはそうでしょう。なんたって私にだってまだいないんですから」


「そらそうだろう。大魔法の一つでも使えるようにならないと取っちゃ駄目だろう。志願者に失礼だ。その志願者もいないようだけど」


「なにおう!」

 でもそこで推し量るとするなら、俺は火龍の装備を身に纏い、難敵を撃破してきた。

 でもって無詠唱で大魔法スプリームフォールまで使用できる。

 それらに頼らないような地力の向上を心がけてはいるし、半人前ではあるけども、強敵だったマジョリカにも勝利している。


 何より、目の前のハーフエルフの少年は俺に弟子入りできると分かれば、その思いがブラウンカラーの綺麗な瞳に強く滲み出ている。

 そんな瞳で見られると決定打となるよね。


「俺は常に強者達に厳しく扱われている。なので俺の教え方も同じようになるよ。それでもいいのかな?」


「はい、先生!」


「うむ! ならばしっかりと教え導こう。サルタナ君――いや、サルタナよ!」


「はい!」

 いい! 実にいい! 先生って――いい!

 

 いや待て――。


 ここは――、


「我が弟子サルタナよ。我のことは師匠と呼ぶように」


「はい、師匠」

 いい! 

 師匠――いい!

 凄く――いい!!


「大丈夫ですかね? 我とか言ってますよ」


「調子に乗って足を掬われなければいいけどの。蔵元や美姫から」

 コクリコとギムロンの心配なんて関係ないね。

 正直ゲッコーさんとベルの事を出された時は背筋が冷たくなったけども、そこは大丈夫だろう。

 だって俺、ちゃんと教える人だから。

 オンラインゲームとかでもちゃんと初心者に優しく教えるタイプだから。

 やり始めたばかりのリアフレの一人からは、俺に教わるのが一番いいって言われたくらいだから。

 でもって一ヶ月後には俺を容易く超えていったから……。


「よし! その得物が手に馴染むまでしっかりと素振りをするように。日々の努力こそ大事だ。基礎こそが奥義へと続く道だ」


「分かりました師匠」

 うむ。


「いやいや……それ自分にも言えることでしょ。最近は基礎的なことやってないでしょうに」

 ぬぅ。痛いとこを突きよるわ。


 でもなコクリコ。


「お前が言うなよ」


「私は天才だから問題なし」


「天才なら大魔法の一つくらいさっさと覚えろ!」

 おやおや反撃もここまでのようで。悔しそうに舌打ちで返すのが関の山のようですね~。


「というか会頭。会頭が流行らせた王都のヤツは教えんのかい? あの狂ったような声を上げて敵に襲いかかるやつ。ありゃ相手側からしたら恐怖だぞ」


「示現流の猿叫ね」

 示現流は実戦剣法として実に素晴らしい流派なんだが……。

 ――……外の世界と関係が希薄なこの国で、サルタナが急に気が狂ったような声を出して、一心不乱に棒切れを立木に振り下ろすって光景を目にしたら、お母さんがショックで倒れるかもしれないからね。

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