トール師になる

PHASE-1061【腰を立てる】

「やあどうも」


「勇者様!」

 元気な声と共に挨拶をしてくれるサルタナ君。

 俺との出会いが嬉しかったのか、エルフより短く人間より長い耳をパタパタと動かしてくる。

 そういった動作を見てるとこっちまで嬉しくなってくるね。


「こんな村になぜまた?」


「いや、俺が治療した方々に変わりがないか気になってね」

 いかんせん初めて使用する能力だったからね。

 でも心配はなかったようだな。


「勇者様」

 深く頭を下げる美人のお母さんに、一緒に治療した方々も俺が訪れたとなれば皆して集まってくれた。


「皆、元気になってくれてよかった」


「これも勇者様のお陰です」

 キラキラな瞳で俺を見てくるサルタナ君。

 ヒーローショーでヒーローを見つめる子供そのものだった。

 でもって、


「なんか立派な物を差してるね。お手製?」


「え、あ……はい……」

 腰帯に突っ込んでいた棒切れを見られて恥ずかしかったのか隠そうとする。

 自分なりに加工したようで、柄の部分には襤褸を巻いて滑り止めにしており、棒も凹凸を無くすように荒くはあるが削っている。

 ウーマンヤールほどじゃないにせよ、テレリも刃物使用は生活内のみの制限があるんだったな。

 貴重な刃物を使用しての加工ってのは難しいから、加工するにも石なんかを使用した手間のかかる工程だっただろう。

 お世辞にも木剣とはまだ呼べない段階だけども、子供が試行錯誤で作り上げた得物にケチはつけられない。

 それに棒切れでも自分で製作したならば、それは既に自分にとってはどんな刀剣よりも名刀、名剣になるもんだ。

 子供の頃のチャンバラごっこで準備する得物に手間をかけていた俺だからね。そこは共感できる。


「物を大切に扱えるのはいい事だ。後は正しい使用目的のために扱えるよう、しっかりと精進しないとね」


「はい! 今度あんなことになったら僕がハウルーシを救います」


「良い心がけですね。腰帯に得物を差す以上、その信念は曲げないように」

 と、コクリコの言に対してもサルタナ君は元気に返事をする。


「んじゃ振ってみい」

 ギムロンはどっしりと丸太の上で胡座をかいてサルタン君にそう言えば、言われた本人はちょっと気恥ずかしそうだったけども、俺と視線を合わせた後に、


「はい!」

 快活良く返事をし、本人にとっては伝説の刀剣に匹敵するであろう棒を手にしてから、


「はぁ!」

 快活良く全力で振ってみせる。

 うん。気迫はよかった。


「ありゃりゃ」

 まあ、上段に分類される振りだろうね。

 これは建前であっても上手いとは言ってはいけない。


 俺が言う前にギムロンの呆れ声がしっかりと耳朶に届いたようで、人間よりちょっと長い耳が先端までしっかりと赤くなっていた。

 

 長く生きていてもちゃんと鍛錬をしないと駄目なんだというのは分かる。

 脇は締まっていないし、柄も握りが甘かった。

 極めつけは――、


「腰じゃ腰」


「その通り、腰が入ってませんよ」

 と、ギムロンとコクリコに挟まれた形で指摘を受ける。

 加えて巌のような無骨な手でバシバシとサルタナ君の腰を叩く。

 ドワーフの馬鹿力で腰を叩かれればそれだけで吹っ飛ばされそうだけども、そこは音だけは出るけど痛くはないといった技法。

 流石は手先が器用なドワーフだ。そいった芸当も出来るんだな。

 お笑い芸人のボケ担当の人からしたら、是非ともツッコミを担当してほしいところだろう。


「いいかな」

 残火を鞘ごと外してサルタナ君の横に立つ。


「背筋を真っ直ぐ――」

 伸ばしてから、顎を引き、右足を前、左足をやや後ろ。

 脇を締めて上段に構える。

 拇指と食指は柄に添える程度。残りの指でしっかりと柄を握る。


 腕は力ませず、しかし腹部には力をいれてから――、


「振る!」

 ひゅんと小気味の良い風切り音がすれば、


「おお」

 と、サルタナ君の声が続く。

 次は腕だけでなく、足を使って移動からの振り下ろしも見せてみる。

 すり足で一歩前へと出ながら同時に振り下ろす。

 一歩進めば振り下ろす。これを行いながら前へと進んでいくやり方を口頭で伝えつつ見せてやれば――、


「ふんっふん!」

 と、小さな体で木の棒を振り下ろしていく。


「おお、上手いぞ坊主」

 振り下ろす棒からは綺麗な風切り音――は、まだ発せられないけど、アドバイスを耳にした後の振りとしては上出来だ。

 でも俺としては、サルタナ君の振り下ろしよりも、ギムロンの発言の方に意識を持って行かれてしまう。


「あのさ。坊主って言うけども、ギムロンの方がサルタナ君から見たら坊主だろ」


「おお! そうだの。ワシは219じゃからな。たしか240だもんな」

 呵々と笑って酒を飲みつつ髭をしごく。

 その横ではコクリコが自分の戦闘スタイルを教えたいのか、ミスリルフライパンを手にして体をむずむずとさせている。

 

 申し訳ないがお前のは素人には教えられない。

 動きが香港のアクションスター並に派手すぎるからな。

 ていうか、教えるにしても魔法を教えろよ。

 まあテレリ以下の階級は呪印で魔法が使用出来ないけども。

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