PHASE-243【グデーリアンは言わなかった。早い脚より厚い皮膚】

 クオンのおかげで難を逃れたがどうするべきか。

 トロールに対してスプリームフォールを直撃させれば何とかなるかもしれないが――――。

 

 ぐるりと空洞を見渡す。

 

 トロールが暴れるには十分に広く、滝のような水を発生させるには狭い。

 火龍が封じられていた要塞内部より遙かに狭いこの空洞では、水の衝撃がこちらにまで襲ってくるだろう。


「ならば!」

 豪腕のホブゴブリンと戦った経験を活かす時。

 眼前のトロールも棍棒を振り下ろすのは力任せだ。脇が締まった振りではない。

 棍棒を回避して、礫に注意しながら接近できればダメージは入れられる。


「コクリコ。自慢のファイヤーボールで目の前のトロールのヘイトを集めろ。タゲ取り頼む」


「……は? タゲトリ?」

 ――……うん……。今のは俺が悪かった。


「トロールを引き付けてくれ。棍棒の範囲外からな」


「任せてください!」

 琥珀の瞳を輝かせてのポージング。魔女っ子アニメですか? と、つっこみたい。


「ギムロンとクラックリックは新人達を守ってやってくれ。クラックリックは余裕があるなら俺たちの援護も頼む。タチアナは全体を後衛からサポートしてほしい」


「まかせろい」


「承知しました」


「がんばります」

 即席のパーティーだったけど、この一体感は新鮮だよな。

 

 おこがましいけど、実力が同じ目線の面子だからかな。常人レベルのパーティーだから得られる感動がある。

 ベルやゲッコーさんだと、俺が頑張る前に大半が終わってるからな。まあ、ボス戦だけは俺にやらせようとするスパルタスタイルだけども。

 こうやってお互いに戦術をたてて戦うってのは真新しい。


 コクリコがファイヤーボールと連呼する中で、俺たちは陣形を完成させ、三体のトロールと戦う準備を整える。

 数打ちでもギムロンが作ってくれた頼りになる刀の切っ先をコクリコに視線を向けているトロールに定め、


「行くぞ! 物理耐性強化タフネス。肉体強化インクリーズ。敏捷強化ラピッド」

 ――なんて、ワーム戦同様に、いちいち強化とか口にしなくていいのに、長々と言いたくなってしまうのは、俺が昨今のファンタジー小説に如何にはまっているかってのが分かるね。

 中二病が全開でい!


「ああ、なんか格好いいですね」

 同じ症状であるコクリコがトロールから逃げつつ羨ましがる。

 あいつと違って、俺はタフネス以外も使えるようになっているからな。楽に習得できたぞ――――。タフネス以外はな!

 沸々と怒りが湧き上がり、今にも決壊しそうだが、それは後で行使する。


「というか、お前よくこの状況で無事でいれたな」


「当然でしょう。だって――――私ですよ」

 ――――へ。

 タフネスうんぬんでトロールの攻撃をしのぎ続けたわけないよな。

 トロールもだが、ダイヒレンとの遭遇もあったはず。この洞窟に到着するまでにウォーターサイドとかいうワームとは出くわさなかったのか?


「そもそもコボルトは」


「全ては後で話します。まずは目の前に集中してください」

 だな。

 手にするワンドに負けないくらいに琥珀の瞳を煌めかせて、


「ファイヤーボール」

 ワンド先端の青い貴石が赤く輝き、振ればテールランプのような赤い残光を描く。

 俺の為に実直にヘイトを稼いでくれる。

 

 こういう所は評価できるんだけどな。これで馬鹿凸ぐせが治れば、後衛のウィザードとしては十分な戦力なんだよ。

 残光を残しつつ、ワンドの先端から拳大の火の玉が顕現し、トロールへと勢いよく放たれ――――、


「ゴァ!?」

 クオンのファイアフライが原因で、いまだ視界が定まらず、コクリコを追うのに難儀しているトロールに放たれた火球は、見事に顔面直撃だ。

 

 プスプスと煙が上がり悶える。

 好機到来!

 足を進めれば、自分でも驚くほどの速度だ。


「おお!」

 コクリコの感嘆が耳朶に届く。

 地面を滑空するイメージのまま駆け抜け、動きの止まったトロールの側面から仕掛ける。

 

 全長が五メートルはある存在。近づけば近づくほど巨体の圧を受けるが、それを振り払い、狙う箇所は――――、


「ゴァァアァ!」

 横一文字が入れやすかったアキレス腱を斬る。

 ファイヤーボールの時よりも大きな叫び。ダメージが大きい証拠だ。

 

 とはいえ、図体がでかいだけあって肉が厚い。

 

 外見はブヨブヨの脂肪で出来た鈍重な体つきに見えるが、刃が肉に入れば、存外、筋肉質だってのが分かる。

 インクリーズを使用したが、アキレス腱を断ち切ることが出来ていないのは、手応えで理解できた。

 

 自分が頭内でイメージした力強い斬撃とは、ほど遠い一太刀だった。

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