PHASE-218【一気に四つ】

「か、会頭。どうされました?」

 ええい! インクリーズの感動と射撃訓練に集中してしまい、まな板娘のことをすっかりと忘れていた!


「カイル。後日また教えてくれ。俺にはやらねばならないことが出来た!」


「わかりました――」

 俺の感情まる出しな姿に皆して戦いている。


「――ですが、最後に」

 と、カイルが勇気を出して発言を継ぎ、一人を呼ぶ。


「紹介します。ローグのマイヤです」

 おっと、切れ長の美人の登場だ。


「マイヤ・ソルと申します」

 丁寧な挨拶。

 この人も先生の護衛を務めているギルド古参の人物だ。

 胸元にはカイルと同等の青色級。上から二番目の階級、つまりは猛者。

 認識票からそのまま全体を眺める。


 ――――闇を投影したような漆黒の髪はポニーテールで纏めていて、アメジストのような瞳は鋭利という言葉が似合う。

 髪の色とは対極の雪肌。

 左頬には刃物で負ったような小さな傷がある。小さいが美人だからか目立つ。

 女性として顔に傷がある事は憂鬱な事だろうが、その傷さえ美貌を際立たせている。

 黒い外套から覗かせるのは黒塗りの革の胸当て、黒のショートパンツとブーツ。

 黒で統一されている。

 だからこそ、雪肌の太ももや露出する肌が、更に白さを主張してくるね。

 

 佩剣したショートソード。右の太ももにはシースナイフ。外套の下からチラッと見えた物をしっかりと目に出来るのは、俺がエロいからだろう。  


 見入っていると、カイルがマイヤの経歴を教えてくれる。 

 王都でギルドに加入するまでは、魔王軍の兵舎に忍び込んで盗みや破壊工作をしていた気骨ある人物だったそうだ。

 現在はローグ職を活かして、先生の指示の元、影で行動している。

 影で行動ってのが、俺の中二心をシビれさせるね。


 でもって、ゴメンよジュセル。

 俺、お前のことはマイヤのようには見てなかったよ。

 見た目の感想も無かったね。でも仕方ないよ。マイヤは美人だから。俺、美人が大好きだから。


「私からも――――」

 マイヤは、カイルのインクリーズ師事の時と同様に、俺へと近づき手を頭に当ててくる。

 瞳を閉じるので、さっきと違って唇が近づいて来たら嬉しいな~と、思いつつ、


「終わりました」

 あっという間なのが悲しかった。


「ありがとう。で、どんなピリア?」


「私は二つ」

 二つも! やったぜ! 俺、一日で四つも覚えたことになるな。


「で、どんなピリア?」


「ラピッドとビジョンです」


「ラピッドって?」

 名前からしてファイアレートが向上しそうな名前だが。


「敏捷強化のピリアです」


「ビジョンは?」


「遠隔地探索の能力です」


「千里眼のこと?」


「はい」

 ホブの時にも使用している人がいたな。先生から説明してもらったっけ。

 それを俺は習得したわけだ。

 ――……惜しむらくは、温泉の時に覚えておきたかったピリアだな……。

 浄天眼グローバルホークなんてアホなオリジナルスキルを口に出して覗き見。

 結果、寒空の下で転がされて放置という虚しい思い出……。


「……会頭?」

 アホな思いでに耽っている場合ではなかった。


「俺は行く。皆ありがとう」

 早速だが――。


「ラピッド!」

 発せば――――うむ。体の芯から溢れてくる感覚。

 試しに駆けてみる。


「ほう!?」

 なんという事! 俺じゃないみたい。

 例えるならベルが地を滑空するかのように走っているのに似ている。

 

 凄いぞ! 今の俺なら短距離でメダルが取れる!


「ハハハハ――――」

 やばい! 楽しい! なんて速く走れるんだ俺!

 軽いぞ! 自分の体じゃないみたいだ!

 修練場の射場からギルドハウスまで一直線。

 

 裏手から正面へと回り込んで、ドアを蹴破る勢いでダイナミックただいま!

 体の軽快さに有頂天だが、そのテンションをそのまま怒りへとすり替えて――、


「あのまな板娘どごい゛だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛!!!!」

 諸手をわきわきとさせて、大咆哮。

 

 ギルド会頭で勇者が一階で滾れば、夜間クエストを受ける為に羊皮紙にサインをしようとするメンバー。

 朝から昼にかけてクエストをこなし、無事と成功を称える為の酒による乾杯をいま正にしようとするパーティー。

 彼等の諸々の動作を遮るには十分な咆哮。


 メイド服に身を包んだリリエッタ嬢、プリシラ嬢を筆頭に、他の給仕や受付嬢たちが怯えるには十分な憤怒。

 それが今の俺!


「なんだ、騒々しい」

 フゥ、フゥと怒りの呼吸をしていれば、対照的に冷静な声音のベルが、二階からゆっくりと下りてくる。

 ただ下りてくるだけだなのに優美である。

 見とれている場合ではない。


「ベル! コクリコは! あのまな板は何処に行った! 厨房か! まな板だけに!」


「とりあえず少し落ち着いたらどうだ?」


「落ち着く前に、あいつの居場所を知りたいんだよ!」

 ダンダンとその場で強く足踏みする怒り心頭の俺。


「みっともないからやめろ。仮にもここの会頭だろう」

 と、冷ややかにベルが言うが、そこにトコトコとゴロ太が現れ、俺の側で同じように足踏みを始める。

 動作を止めると、ニッコリとした表情を俺に向けてくる。

 

 どうやら俺が踊っていると勘違いしているらしく。

 キャキャいいながら再び俺の周りで踊り始める。


 俺の言うことを聞いて執事服を着たりしてくれて、俺に妙になついているんだよな。

 正義の味方に憧れているようだから、勇者である俺に強い憧れを抱いているのだろう。

 ゴロ太が首に巻く赤いマフラーは正義の印。


「可愛い……」

 乙女モードのベルは、俺と同じ動きをしているゴロ太に対して、俺の時とはまったく違った感想を口にしている……。

 

 コクリコに対する怒りの感情に加えて、悲しみの感情まで芽生えた……。

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