PHASE-1493【耳栓】

「まったく! 俺を置いていくのかよ!」

 と、助けられることなく放置されたラズヴァートはご立腹。

 飛び去った方角に向かって怒気を発していた。


 兎にも角にもベルから逃げたいという気持ちでいっぱいだったんだろうな……。

 モフモフを心底に堪能されたことが、心底、怖かったのかもしれない。

 圧倒的な強者に背後を取られ続けていたんだからな。かなりの恐怖を抱いていたんだろう。

 堪能していた当人は、まったくもってそんな感情をぶつけているつもりはなかったんだろうけど……。


「ああ、ヴィルヘルム……」

 勝手に命名して、大層に落ち込んでいた。


「そんな名前じゃないんだけどな」

 と、ラズヴァートはポツリと零す。

 そんなラズヴァートに、


「お前、素直に道案内しとけよ」


「偉そうに!」


「お前のためだ。いま我らが最強様は寂しさに支配されているが、しばらくすれば間違いなく不機嫌になられる。そうなればお前に対して強烈な八つ当たりをすることになるだろう」

 真顔で伝えれば、


「苦しむことなく死ねれば――少しは救いがあるんでしょうね」

 と、リンが仄暗さを纏わせた声音で続く。

 俺達の発言に、ラズヴァートの頬に一粒の汗が流れるのを確認。

 そしてコクリと唾を飲む。


「で――どうするぅ?」

 巻き舌で問うてみる。


「分かったよ。場所は教えねえが、要塞では顔は利かせてやるよ」


「軽口男の発言力に期待だな」


「ふざけた返しだな」

 多分だけどコイツ、男受けは悪そうだからな。

 とりあえずは人質的なポジションになってもらおう。


「変な気だけは起こすなよ」


「分かってるっての」

 最強さんの機嫌が悪くなったところに軽口を叩けばえらい目に遭うってのは理解したようだな。

 

 ――移動を開始。


 ジージー戦に比べると精神面が楽だった分、ちょっとした小休止を入れるだけで済んだ。

 その間にコクリコは干し肉とドライフルーツを雑嚢から取り出して腹一杯になるまで食べては飲んでいた。

 こういった時に便利なのが、初歩魔法であるウォーターカーテン。

 攻撃を相殺するだけでなく、顔を洗うも良し、飲料としても使用できるってのが本当に有り難い。

 これが使用できるようになれば、飲み物を持ち運ぶことをしなくていいからな。旅の途上において必須魔法と言っても過言ではないね。

 コクリコとしては味のついた飲み物がいいと愚痴っていたが、ベルの状況が状況なのであまり我が儘を言うことはなかった。

 

 で、こんな時に大活躍なのが――ミルモン。

 ベルの事をおっかないと思っているが、俺のお願いということもあって、ベルの左肩に乗り続けてご機嫌取り。

 ミルモンの活躍もありベルが不機嫌になる事はなく、勝手に命名したヴィルヘルムとの別れにおいて落ち込むことはあっても、八つ当たりといったものはなかった。

 ――ラズヴァートは救われた――。

 

 ――道中、耳朶に直接とどくコール音。


「どうぞ」

 ラズヴァートに悟られるのも嫌なので、隊伍からわずかに離れた位置で会話を始める。


『大勝利ってところかな』

 と、開口一番にこちらの勝利を労ってくれるゲッコーさん。


「見える位置にいたんですか?」


『いや違う。要塞内で大騒ぎになっているからな』

 ――ゲッコーさんが伝えてくれる内容は、フッケバインが精も根も尽き果てた状態で要塞に戻ってきたということ。

 戦略生物のポジションであろうフッケバインがそんな姿で帰ってきたものだから、一体どんな連中が攻めてきたのかと、要塞内部は驚愕の声に支配されているそうだ。

 

 ――フッケバインが疲労困憊になった理由を伝えてあげれば、渋い声による乾いた笑いだけが返ってきた。

 ベルのご乱心を容易く想像できたようだった。

 

 また、ラズヴァートが戻ってこないこともあって、ストームトルーパーの者が敗れたのか!? という話も上がっており、そこから憶測が生まれ、不分明な情報の錯綜となって取り乱す者も多く出ていたそうだが直ぐさま混乱は収拾。

 ゲッコーさんから伝え聞く服装からして、収拾に乗り出したのはストームトルーパーの面々と考えていいだろう。

 

『要塞内部は厳重となっている。少しでも気を引くために状況を開始してもいいな』


「ですね。その時が来たら俺から連絡を入れます。会話をする暇もないかもしれませんから、俺の一言を合図に状況を開始してください」


『了解した』

 アウト――と一言継ぐと、通信を終える。


「なに一人でコソコソとしてたんだ? 手で耳を押さえていたようだが?」

 隊伍から離れていたのがやはり気になっていたようで、早速とばかりにラズヴァートから質問が飛んでくる。


「フッケバインの鳴き声が五月蠅かったから耳が痛いんだよ」

 と、適当な返し。

 言ったところで信じてはいないようだけど。


「変わった耳栓をしているのに耳が痛い――ね~」


「耳栓してても辛いってことだよ」


「そうかい」

 ここで慌てふためいて返答すれば怪しまれるし、急に他の面子が静かにしろ! 的なアクションをとっても怪しまれることになる。

 でもそこは俺のパーティーと言うべきか、無理矢理にラズヴァートを黙らせるということはせず、俺とのやり取りを見るだけに留めてくれた。

 メンバーをぐるりと見回すラズヴァートも他の面々がリアクションを無理に取らなかったこともあって、深くは追求してこなかった。

 

 耳につけている変わった耳栓で、離れた場所で活動している者と連絡を取り合うことが出来る。という発想力は流石に生まれないよな。

 見たことがない代物に対して探究心を抱くことがなくてよかったよ。

 これがデミタスだったなら徹底的に追求してきただろう。

 銃弾を指で挟んで受け止めて、そこから銃の特徴を推測した時には心底、震えたからな。


「そんじゃま、先に進みますかね~。要所要所でないと相手も迎え撃つような感じじゃないみたいだし」


「俺がやられたと分かった時点で更に警戒が上がっているだろうな」


「それは――そうだろうよ」

 危うく――それはもう耳にしている――。と、言いそうになってしまった。

 耳栓でごまかせているんだから、いらんことは言わないように注意しとかないとな。

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