PHASE-849【ベルには無理なヤツ】

「黙れ! 妃と言ったら俺の妃なのだ! 勇者よ我が力で貴様を叩きつぶし、ベルヴェットを我が傍らにおいてやる」


「おう来いや! 妄想だけで終わらせてやる」

 気安くベルヴェット言うなおっさん!


「昇降機動かせ!」

 不憫にも、一応はまだ兵士たちが馬鹿息子に付き合っているようで、指示に従い、人力による昇降機が稼働。コロッセオの地面部分が開けば、そこから木箱が競り上がってくる。

 以前の情報どおり、小屋サイズの木箱が眼前に現れる。

 こんなのを地下に収納していて、且つ昇降機を使ってあげる事が出来るんだからな。


「無駄な技術に力を注ぐのは正に馬鹿の発想だ」

 まあ、技術的には素晴らしいけどね。

 というか、まんま古代ローマだな。


「お?」

 思っていると更に木箱がせり上がってくる。

 映画のロケ地に持ってこいの場所だよ。


「ハハハハハッ! 恐れ戦くがいいぞ!」


「二つの箱でか? もっとあるんだろ。一気に出せよ」


「まずは楽しめ。それとこれは俺と勇者の戦い。他の者たちは手を出すなよ。特に女たちは下がっていろ。勝てば勇者ではなく俺の女たちとなるのだからな。怪我でもされればたまったものではない」


「なにを! そんなことさせるかよ!」


「流石に奪われるのは嫌とみえる」

 素敵なやり取りをありがとう。

 俺の女たちを悪漢馬鹿に渡さないというシチュエーションを楽しむ事が出来たよ。


「まったく、何を言っているのか」


「まあベル、相手は勘違いをしているだけだ。ツッコんでやるな。俺が代わりにガツンとかましてやるから皆は下がっていてくれ。ゲッコーさん。三人を頼みますよ」


「なんで格好つけた声なんだ……」

 それは俺の女たちを守るためですよ。

 ここにリンもいれば完璧だったけどな。

 というか、ここはコロッセオ。観客席もしっかりとある。

 出来る事なら、リズベッドを救った事で好感度がすこぶる高いサキュバスメイドさん達もここに来てもらって、俺の戦う姿に対し黄色い声援を送って欲しかったな。

 というか、少し待つか?

 待って格好いいところを見せるか。


「油断はするなよ」


「任せろベル」

 まあ俺とベルのやり取りに高い位置にいるお馬鹿が我慢ならないようだから、メイドさん達の声援は無しとなりそうだ。


「私としては、私が一人で戦いたいのですが」


「まあ今回は俺に任せてくれ」


「さっきも鋼鬼のガリオンをトール一人で倒したでしょう」


「だとしてもここは俺だろう。それに向こうは俺との戦いをお望みだからな」

 何たって勇者だ。俺が解決しないといけない。

 ぶうたれるけども、ベルとシャルナによってコクリコは後ろに下がらされる。


「始めようか」


「我が力の前に屈するがいい!」


「我が力じゃないだろうに。他者の技術だろ」


「それを統べるのだから、即ち――俺の力であり技術だ」


「はいはい」

 技術で否定しないって事は、やはり箱の中身はアレでしょうね。


「さてさて、いっちょやったりますか」


「その余裕の笑みを絶望に変えてやる!」

 言うことだけはいっちょ前なんだからな。

 一人だと小便も出来ないおっさんのくせに。


「さあ出てくるがいい我が可愛いペット」

 ペットって言ってる時点で俺やベルが思っていた通りの存在だろう。

 壁上でチコを目にした時の馬鹿息子の驚きようからして、箱の中身は十中八九マンティコアでしょ?

 箱のサイズからして、マンティコアが入る大きさだからな。

 ――巨大な箱が開かれる。

 箱の奥には更に鉄格子による檻があり、そこも木箱に遅れて開かれていく――。


「……って、あれぇ!? 違ったな」


「ひゅぅ……」

 後方に立つベルから、ベルらしからぬ可愛らしい声が漏れ、背中に届いた。

 この手の類いはベルには無理だな。

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