PHASE-310【強くても蟲なんだな】

 鎌首を反らす姿勢。

 先手は成体の百足に取られた。

 幼体が倒された事への怒りの感情もあるのかもしれない。金切り音のような鳴き声からの、次の動きは迅速だった。

 動作で俺もシャルナも何が来るかは理解できている。

 俺はちょっと前に湿地でも同じような動きをするのを見たからな。


「ラピッド、タフネス」

 幼体の時と同様に発動。

 下生えをかき分けつつ成体の正面から側面に移動。

 複眼による視野は広いようで、上半身は直ぐに俺へと向いて口部から毒を吐き出す。


「マジ勘弁」

 木の幹を蹴ってから軌道変更。

 紫の液体は一瞬にして気化し、一帯が毒の霧に支配される。

 俺は難を逃れたので、すかさずシャルナを見れば、器用に枝に飛び乗って、枝から枝へと飛び移っていく。

 しなやかな肢体による跳躍は美しく、色素の薄い長い金髪が靡く姿は芸術である。

 こんな殺伐とした光景には似つかわしくなく、もっと違う状況で目にしたかったね。


 視界を再び成体に戻せば、仕留められなかった事に苛立ちの感情でもあるのか、長い顎をギンギンとぶつける。

 ぶつけた拍子に火花が発生。

 と、思った瞬間。


「おいっす!?」

 ボカンと爆発。

 爆発の衝撃が発生。その衝撃で俺の体が浮いた。


「嘘だろ!」

 数メートル吹き飛んで、仰向けで倒れる。

 有りがたいのは下生えがクッションになってくれたこと。

 タフネスの効果もあって痛みはなかった。


「大丈夫!」


「なんとかな」

 心配するシャルナに手を挙げて無事を伝える。

 枝の上から見るシャルナは、下生えから俺の手が見えた事で、安堵した声を漏らしてくれる。


「この!」

 継いで、俺の為の意趣返しとばかりに、矢を成体に放つと、


「ギギキィ!」

 金切り音には、明らかに痛みを覚えたようなものが混じっている。

 藪を漕いで体を起こせば、体節と体節の隙間に見事に矢が刺さり、は半分ほど埋没している。

 流石はエルフだ。足場が安定しない枝の上でもこの正確さ。

 痛みを加えてきた存在はやはり許せないようで、本能のままにシャルナを複眼で捕捉。


「来なよ」

 人語は通じるかは分からんが、挑発的に不敵な笑みを見せるシャルナの声に合わせて、蜻蛉の翅に似た二対からなる四枚を可動させる。


「ぷぅ!」

 羽ばたけば、立ってるのもやっとの突風が生まれる。口の中に枯れ草が入った……。

 翅越しにも向こう側が見えるくらいの透き通った美しい翅だが、翅が触れれば大木だろうが簡単になぎ払われる力を持っている。


 レベル41の脅威だ。

 俺と3違うだけでこの強さ。

 俺のレベルは評価からきているから、こいつとのレベル査定には違いがあるのかもしれんが、単純な力ならレベル50を超えていたマレンティでも太刀打ち出来ない存在だ。


 複眼は青い軌跡を残しながら、挑発したシャルナを追うように飛び立つ。

 当のシャルナは俺から成体を放すように、またも木から木へと飛び移って行く。

 有りがたいね。


 しかし、デカくてもやはり虫は虫だ。

 戦術ってのがない分、戦いやすいかもな。


 俺が成体と同じ力を有しているなら、可燃性のある毒霧を展開したら、爆発させるよりもまずは翅を動かして、広範囲に毒をまき散らすけどな。


 そういう意図を持ち合わせることが出来ない相手だ。

 レベルは高いし強くもあるが、不思議とそこまで危機感を覚えない相手だ。

 

 それだけ俺がこの世界で場数を踏んできたってのもあるんだろう。

 経験が、俺に冷静さと戦術眼を与えてくれる。

 これも立派なスキル取得だな。


 というか、自然とベルと比べてしまう俺がいる。

 あいつと比べたら全てが小さく見えてしまう。

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