PHASE-370【パワーワードは、スマホ】

 談笑の間に、銀製の高杯に盛られた食事が運ばれてくる。

 見ただけでコクリコからは腹の虫が聞こえてくる。

 なんとも恥ずかしそうにしているが、ここでも侯爵はかかと笑う。

 

 コクリコが腹の虫を鳴らすのも仕方ないこと。

 出るわ出るわ、肉、魚、パン、果物各種。

 朝食としてはオーバーカロリーな感じもするが、その考えを帳消しにするくらい、料理は煌めいている。

 全てが新鮮そのもの。

 

 果物に至っては、宝石のように輝いている。

 マスカットの一粒一粒は、光を反射して飴細工を思わせるくらいの光沢を放っていた。

 コクリコはそれらを早く口に運びたいと、両手をわきわきとさせている。


「さあ、どうぞ」

 待てからの良しを耳にした犬の如く、俊敏な動きで料理を口に運んでいくコクリコ選手。

 大食い大会に出たら優勝総なめであろう手の運びと、咀嚼と嚥下。

 

 凄い勢いで高杯から食べ物が減っていくものだから、侯爵がポカンと口を開いて驚いていた。

 その表情を目にして、残された俺たちは、恥部を見られたみたいでいたたまれなかった……。

 後でコクリコは説教だな。


「さあ、こちらを」


「あ、どうも」

 俺が可愛いと思っていた、八重歯っ子のメイドさんからのお酌。

 というか、やっぱりこの子も来てくれてたか。俺のテンションが上がる。


 この世界に来てからは酒を飲むのは当たり前になり、ここでもワインが注がれる。

 朝からだけどいいよね。などと、言い訳を心底で唱えつつ、透明のグラスが、ルビーカラーに変化する光景を見て楽しむ。


 王都で王様たちと飲んだ時は白磁のマグだったけど、ここでは透明なガラス製のグラス。

 幾何学模様の施されたグラスだ。

 だからこそ、満たされたワインが揺らめかない状態なら、大きなルビーにも見えてくる。


「切子だな」

 ゲッコーさんが一言そう言うと、クイッと煽るように飲む。


「おお」

 継いで感嘆の息を大きく漏らす。

 グラスから離れる口元は緩んでいた。相当に美味しかったようだ。


「このクリスタルのグラスに注ぐと、味がまろやかになるのですよ」

 得意げな侯爵。

 自慢の一品のようだ。ガラスではなく、クリスタルガラスでもなく、クリスタルそのものから作られた一品らしい。

 絶対に乾杯の時にぶつけてはダメなヤツだな。

 ゲッコーさんに続いて俺も飲んでみる――――。


「おお」

 ゲッコーさんと同じ感嘆の息を漏らしてしまった。

 渋味は少ない。風味は豊か。でもってジュースのような甘さと飲みやすさ。

 喉に熱いという感覚もない。

 酒の表現で、水のように入ってくるというのを耳にしたことがあるが、正にこのワインはそれだ。

 ガブガブと飲んでしまう。


「流石は勇者殿、豪快な飲みっぷりです。さあさあ」

 楽しげな声と共に、侯爵が俺の横に座るメイドさんに指示を出せば、直ぐさま注がれるワイン。

 芳醇な香りと、可愛いメイドさんからのフローラルな香りで、直ぐにも気持ちよく酔えそうだ。


「しかし――――」

 マスカットを一粒口に放り込んで咀嚼し、


「流石は勇者殿。傾国と言うべき女性を伴っておりますな」

 言葉を継ぐ侯爵。

 発言と、美人揃いのメイドさん達から察するに、やはり侯爵は女好きのようだな。


「いや~」


「お前は含まれていないよ。スマホ体型」

 照れるコクリコに小声でチクり。

 スマホがなんなのかは分かっていないが、まな板同様に侮辱と理解したのか、ギロリと琥珀の瞳にて睨んでくる。

 が、一応はお偉いさんの前という事もあり、暴れることはなく、俺を睨みながら目の前の骨付き肉にかぶりつく。

 そういうとろこだよ。可愛さより、ワイルドさが出てるんだよ。後、意地汚いところな。


「ハイエルフまでいるとは」

 な、侯爵はお前のことをスルーしているだろ。と、目で伝えれば、悔しそうに咥えた骨をガリガリとしがんでいる。


「いや~。本当に羨ましい」

 おっと、目が狩人のものになっている気がする。

 侯爵の機嫌を損ねるのはよくないが、ギルド会頭として、女性陣にはノータッチでお願いします。

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