PHASE-785【パニック】

 こちらの占領の報告を聞いてからの進撃。

 先生が思い描いたとおりに進んだというのは、先生の浮かべる笑みで分かる。


 砦における戦いは、高順氏が指揮する征東騎士団による突撃が敢行されたんだろう。

【陥陣営】スキルの発動で公爵サイドの砦は完全に陥落したと考えていい。

 しかも伝令はスチュワートさん達に排除されているから、要塞側との連絡も不可能な状況。

 砦にて戦っている者達は不安でしかなかっただろう。


 現在、撤退を始めた砦の公爵軍は、物資を積んだ輜重隊を最優先に脱出させているとのことだが、その輜重隊に対してスチュワートさん達は、仕掛けたトラップによって排除を開始。

 馬車を走らせる馬と馭者。周囲を守る騎兵達に対して発破を実行。

 設置場所とそこを通る馬車のタイミングはドンピシャで、物資の損害は少なく、部隊には大打撃という報が入ってくる。


 放置された物資は、輜重隊より遅れて撤退をはじめた公爵軍も発見するも、回収する余裕はなく、置き去りにしているという連絡も入った。

 それだけ自分の命を守ることだけに精一杯ってことなんだろう。

 王様たち、特に高順氏の突撃が強力だったのが想像に難くない。 

 放置された物資は、手筈通りライム渓谷側の王軍後備えが回収することになる。

 


 ――――しばらくすると、濛々と上がる土煙が西側から見えてくる。先ほどの黒煙よりもこちらに近い位置にて確認できる。

 加えて大地を震わす馬の蹄に、人の足音が混じっている。

 鬨の声にかき消されそうな阿鼻叫喚の声。

 後者の方が人数は多いだろうに、前者の裂帛さに完全に呑まれているようだ。


「さあ、来るぞ!」

 ビジョンで西側からの街道を凝視。


「なんと愚かな」

 いつの間にか横に立つ先生が双眼鏡で見つつ呆れ声。

 公爵軍撤退の無様さが原因だ。

 かなりの人数だ。

 先生の見立てでは二万ほどいるという。

 

 虜囚からの尋問もすませており、馬鹿息子側の陣立ても得ている。

 麓と要塞。攻略済みの糧秣廠にいた兵は合わせて一万ほど。

 残りの三万を砦に配置したことになる。

 総兵力が四万だったわけだから、砦では一万を損耗したということだろう。

 こちらの倍の数を砦に展開していたにもかかわらず、この遁走っぷり。


 現状でも数の上では勝っているから、有能な指揮官がいれば殿に力を入れ、高順氏に勝てなくても足止めをさせつつ、隊列の整った撤退が可能だったはず。

 だがいないからこそ、このような無様な撤退になってしまった。

 配置のお粗末さが露呈したわけだ。

 お粗末さの根源である馬鹿息子によって、公爵軍の兵達の死傷者は無駄に出てしまっていることになる。

 

 歩騎が入り交じった光景。統率の取れていないソレは最悪だった……。

 どうやっても騎兵によって仲間である歩兵がはね飛ばされ押しつぶされる。


「これはこちらが手を出さなくても、撤退だけで相手の損害は大きなものになるでしょうな」


「確かに……」

 やはり優秀な指揮を行える者がいなかったのが問題だな。


「驕兵、弱卒。彼の者らにはこの言葉が似合います」


「確かに……」

 戦いに勝利するために知恵を絞る立場だからだろう。無様な一塊による撤退には許せないものがあるようで、先生の語気は些か荒い。


「お!」

 先頭を走る騎兵が馬首をめぐらす。


 ――――こちらに――。


「あれはこっちに来ますね」


「当然でしょうね。街道を介しての連絡は潰されていますからね。我々が占拠している事など知らないでしょう。なのでまだ知らないでいてもらいましょう」

 チラリと先生の目が壁上やタレットに掲揚された公爵軍の旗に向けられる。

 糧秣廠において虜囚となった面々に木っ端などの掃除はさせつつも、旗だけは撤去させなかった理由を視線で理解。

 だまし討ちみたいで卑怯にも思われるけど、戦争だからな。


「凄い勢いでこちらに来ますね」


「ここまで来れば、門が開かれて自分たちは助かると考えているからでしょう」

 ここより堅牢であるはずの砦が駄目な時点で、こんな所に籠もっても意味はないようだけど、少しでも生存できる可能性が有る場所に逃げたいのは人――というより生物としての本能だよな。


 しかし、よほど切羽詰まっているんだろう。考えが逃げにばかり傾倒していて、視野と思考が狭まりすぎている。

 なぜ門を開いて拠点から援軍が出てきてくれないのか?

 そもそも拠点周辺にいた兵達はなぜいないのか?

 この事に気付ける者が先頭にいれば、こちら側には待避しようとは考えなかっただろう。

 有能な指揮官の必要性を痛感させられる光景だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る