PHASE-875【皆さんノリがいい事で……】
「ふぅ……」
「まあ頑張れよ」
悪そうにハリウッディアンな髭を歪める辺り、ゲッコーさんは嫌な人である。
そんなにも俺がインスタントでピリア・マスリリースを覚えたのが悪いのだろうか……。
あれだよ。ラノベとかだとスゲーお手軽に主人公が強くなるんだよ。
最初から強すぎてどうやって話を進めるのか心配になってくるほどスキルや魔法をバンバン習得していくのに、俺ときたらようやっと自分の能力で遠距離攻撃が使用出来るようになったんだぞ。
スプリームフォールは別としてだけども。あんな広範囲の扱いづらいのじゃなく、単発で使用出来るのを習得したのがレベルが63にもなってやっとだからね。
普通レベルが63もあれば、単発型の大魔法クラスだって覚えててもおかしくないからね。
まあ、そこは俺の努力も足りてないって事なんだろうが、インスタントで習得出来るなら次々に覚えてもバチは当たらないだろう。
それもありな世界ではあるんだから。
バチには当たらなくても、チート二人のお怒りには触れる、俺に優しくない世界だよ。
「…………はぁ~」
なんで楽しい時って直ぐに時間が過ぎていくのに、重苦しい時の時間の進みは遅くて長いのか……。
この重苦しい時間の中で待っていると、死刑執行を待つ死刑囚にでもなったかのようだよ……。
圧に屈して発狂しそうだ。
頭を抱えていれば、ドア向こうからノック音。
「お時間です」
と、ランシェル。
「……おう……」
部屋から出ればそのままランシェルが俺の誘導役となってくれる。
コロッセオの待機室は地下にある。
戦いたくない気持ちで一杯のグラディエーターな俺は通路を歩く。
等間隔におかれた燭台の灯りは蝋燭のものだけど、通路を照らすには十分な明るさ。
通路を少し進めば、複数の昇降機が設置された部屋に到着。
昇降機の側には大型のクランクがあり、それを数人で回してマンティコア達が入った木箱を地上に上げていたわけだ。
無駄にこったギミックだな。
「お立ちください」
「おう……」
ランシェルに勧められるまま、そのギミックに今度は俺が立たされるわけだが……。
といっても、俺のは小型の昇降機。クランクを回すのも大人一人の作業だ。
「ご武運を」
「おう……」
さっきからこれでしか返事が出来ない俺を許してくれランシェル。
クランクをギルドメンバーの一人が回してくれる。
俺に向けてくるのは作り笑いだ。
その横に並んでいるメンバー達も同様の笑み。
なぜかって? それはこれから俺に訪れる結末が見えているからだろうさ。
だって、いまクランクを回してくれている一人と側の面々は、美姫ではなく美鬼を知っている者達だから。
あの恐怖をしっかりと体に刻んだ者達だから……。同志だから……。
だから美鬼を知らないランシェルのような優しい笑みでご武運を――などという言葉は使用しない。
ただただ作り笑いだけで送ってくれるだけさ……。
カタカタという歯車の回転音は、死出の門出を悲しむような寂しい音だった……。
闘技場へと俺が足をつければ――、
「さあ対戦者のお目見えです!」
なんて腹立つくらいに元気な声なんだろうなコクリコ。こっちは滅入ってるってのに。
朗々とコロッセオ全体に響くのは手にするマイクが原因だろう。
ゲッコーさんめ! ストライカーなんかに積んでた機材を設置したな! クソ! 楽しみやがって!
「今回、衆目の中でとなると二度目の挑戦となる勇者にしてギルド会頭であるトール。はたしてベルに一撃でも与える事が出来るのでしょうか!」
なんだよその一撃を与える事が出来るのかって言い様。
――……そんなもん無理だって事くらい俺でも分かってんだよ!
「司会はこの私。ロードウィザードであるコクリコ・シュレンテッドが担当します。また解説はゲッコー・シャッテンにお願いしております。本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
なにコントチックにやってんだよ。
「更にゲストとして、このお二人においでいただきました。ラスター・フロイツ・コールブランドさんと、ランスレン・パーシー・ゼハートさんです」
「宜しく」
「宜しく」
コントどころか、人間が統治する領土のナンバーワンとナンバーツーもしっかりと主賓席に腰を下ろしてるな。
しかもそんな立場の人物を様ではなくさん付けで呼ぶとはね。
周囲に立つ衛兵が不遜だとツッコミをいれない辺り、王様と公爵がさん付けを許可してんだろうな。
甥、叔父ともにノリがいいこって……。
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