PHASE-1442【俺を見ろ!】

「掠り傷どころか、ベルから一本とって参ったと言わせてやるさ! 俺は今回の戦いで更に成長したからな。強者にカテゴライズされてもいいくらいにな!」


「――そうか」


「!?」

 ゾワリと背中に走る寒気。

 俺の背後にいるスケルトンルインが更に後方に下がるのを音と気配で感じ取れた。


「では、明日」


「お、おう……。明日、な……」

 迫力に呑まれそうになったけども、俺だって数々の死線の中で強者と相対してきたからな。

 その程度のプレッシャーでは下がらない。

 些か背を反らせているというのは自覚しているけども、そこは胸を張っているという誤魔化しで対処しつつ、強者然とした姿でベルに別れの挨拶をして建物から出て行く。

 去り際の足の運びが速くなっていたし、建物から出て道の真ん中で大きく深呼吸はしたけども――大丈夫。俺はそこまでベルに気圧されていない!

 

 ――はずだ!


 ――――。


 ――…………。


 ――……。


「どうした? 触れる事も出来ないようだが」

 うつ伏せのままなんとか首を動かして見上げる先には、圧倒的強者様が佇んでいらっしゃる。

 風に靡く艶のある白髪がなんともお美しいことで……。

 それに比べて俺ときたら、地面に転がるだけ転がって土埃まみれですわ……。

 

 相手になりゃしねえ……。

 

 手傷を一つつけるどころか、触れる事すら出来なかった……。

 今までに培ってきた経験もあるから、少しくらいはいい勝負が出来ると思っていたのにこの体たらく……。

 全くもって手も足も出ないという構図に、変化のへの字も見られない俺とベルとの力の差……。

 

 体感としては……、描写も回想もなく簡素な説明だけで死亡するキャラの如きあつかいで決着の幕が下りた気分だ……。

 

 最初の内は修練場にて行われる俺とベルとの試し合いに皆さん興奮していたけども、中盤以降は歓声がやみ、憐憫の目を俺に向けるだけだった……。


「もう終わりか? 強者なのだろう?」

 ――……これですよ……。

 俺が地面に転がる度に同様の台詞。

 強者なのだろう? という部分で凄く冷徹な声音になる……。

 昨日もそうだったけど、俺の強者発言に驕りがあったんだろうね。

 勘違いした俺に、試し合いという名の折檻を執行したという感じだな……。


「さて、今日トールが地に伏す姿を見るのは二十回目になる。切りの良い数字だが、まだ続けるか?」


「いえ、もういいです。俺、強者じゃなかったみたいです。真の強者の前だと未だミジンコ程度の存在です……」


「当然だな。まだ驕っていい実力ではないし、実力が身についたとしても驕ることは許さない」


「ですよね~」


「精進することだ」


「全くです」

 俺だってそういった考えだったんだよ。


「余計な入れ知恵をされたのかは分からないが、剛胆になっても驕ることは許さない。次もそうなら即、修正させてもらう」


「その時にはよろしくお願いします」


「そういった謙虚な姿勢の中で強くなれ」

 最後は優しく言ってくれるところがベルの良さなんですよ。

 そらゲーム内でも部下から慕われているという立ち位置ですわ。


 で――だ。


 おい――ガルム氏。俺とベルの試し合いを楽しみにしていたガルム氏よ……。

 ベルのお説教で余計な入れ知恵というワードが出た瞬間、途端に明後日の方向を見ましたよね。

 見てましたよ。潰れたカエルのような姿の中でしっかりとね!

 でもって、俺の視線に気付いてますよね?

 気付いて目を向けないですよね?

 貴男が強者として、少しくらいは驕ってもいいとか言った結果がこれですよ。

 強いと思い込み、謙虚さを忘れて調子乗った俺自身が一番悪いのは分かってはいるんですけどね……。

 でも、そういった思考になるように誘導したのは貴男でもあるわけですよ。

 

 だからさ……。


「こっち見ろや……」

 敗北者という現在の俺の姿をヴィルコラク特有の鋭い目に焼き付けてくださいよ……。


「……謙虚で誠実。日々精進を心がけよう」


「そう、だね……」

 パタパタと羽を羽ばたかせ、地面に転がる俺の眼前に留まるミルモンの表情は引きつった笑顔。

 この試し合い中、ミルモンを俺の左肩に座らせなくてよかった。

 これで左肩に乗せたままベルと戦っていたなら、地面を転がされる回数が増えていたことだろう……。


 コクリコの期待にも応えられなかった。

 長丁場になればそれだけ俺が成長している証ということだったけども、そうはならなかった。

 そんなコクリコにも目を向け、視線が交われば苦笑い。嘲笑でなかっただけいいとしよう。

 

 本当……。一瞬ですよ一瞬。

 一瞬で勝負がついたよ……。

 二十回も転がされたのに一瞬に思えるってなんだよ……。

 

 兎にも角にも自分の中で成長していると思っていても、真の強者と戦えば勝負になんてなりゃしない……。

 まだまだ俺は弱い。

 強者としての立ち居振る舞いは真の強者の前では不適……。

 ミルモンを左肩に乗せたまま戦わなかったことだけが、この試し合いにおいての唯一の最適解だった。

 乗せて戦えばボコされる数が増えてたからな……。

 

 うむん……。もっと頑張ろう……。

 

 なのでこの痛みは回復せずにいよう。

 自分を戒めるために。

 全く目を合わせてくれないガルム氏を手本としてね!

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