PHASE-1326【白煙】
「魔王軍が百だとして、敵の総兵力はどのくらいとなるでしょうか?」
落ち着きあるタチアナの質問に、
「魔王軍が百と推測して、この森の住人であるカクエンの数でどう変わるかだよな」
パロンズ氏を見れば、全体からも視線が注がれることになる。
緊張を打ち消すかのようにパロンズ氏が一つ咳を打ち、
「現状、カクエンの数は決して大多数ではないと思われます」
と、些か上擦った声で答えてくれる。
そして大多数ではないという発言で安堵の吐息を漏らすタチアナとコルレオン。
二人が安心したところで、
「それで――大多数ではないという根拠は?」
と、俺から質問をする。
――カクエンはこの森の生態系において、頂点にいるわけではないという。
実力的にもアジャイルセンチピードは天敵であり、捕食される立場でもあるそうだ。
何より、このカクエンという種族は全てが雄であり、雌は存在しない。
他から女性を連れてこないと繁栄できない種族。
そこだけを切り取って聞くと何とも不憫な種族である。
俺の部屋に来ないか? と、いったような格好いい発言の出来る種族なら好感も持たれたんだろうが、繁栄のために他種族と寄り添って繁栄――ではなく、単純に攫うという考えと、男なら命を奪うという短落さで、完全に嫌悪感だけしか抱かれない存在となってしまったんだろうな。
なので同情はしない。
以前の戦いで魔王軍に呼応して窟へと攻め込んだ時には千ほどの集団だったそうだが、その時の戦いでドワーフさん達は大いに励み、七割を超えるのカクエン達を撃退したそうだ。
「凄いですね」
「カクエン達だけならなんの問題もないですからね」
運も良かったという。
その運というのがカクエンの立ち回りの杜撰さ。
魔王軍に呼応はしたものの、齟齬がかみ合わず、魔王軍との連携が取れないままに攻め込んでしまい敗退。
魔王軍の侵攻を抑える事は出来なかったけども、予定より兵力が落ちてしまった魔王軍は力押しではなく、館に籠城するドワーフさん達を包囲するという戦略に変更したのではないのかとパロンズ氏は推測。
魔王軍――
包囲するだけで攻めあぐねている間に、王都の方で魔王軍にとって宜しくない変事があったわけだしな。
つまり、俺達が頑張ってホブゴブリンの軍勢を撃退したということ。
「なら単純に残っているのは三百ほどですかね? 後詰めなんかがあれば話は変わりますけど」
「ですね。三百よりは多いと考えた方がいいかと」
「他から女性を攫わないと繁栄できないのに以外と多いですよね」
現状、女性たちが囚われているなら生き地獄だっただろうな……。
初対面の時のリアクションからして、女性たちが現在カクエンたちの支配下にいないというのが分かっている事が、俺達にとって救いである。
「人間と違い、カクエン達の寿命は長いですから」
――パロンズ氏の話では平均で三百年は寿命があるそうだ。
なので女性がいなくてもそこそこの種族維持はできるようだ。
維持は出来ても女性を支配下に置くことが出来なくなって随分と経過しているだろうからな。性欲は限界点に到達しているのは間違いない。
そんな連中をグレーターデーモンのヤヤラッタはよく抑え込んでいる。軍監としての手腕は本物のようだな。
「で、パロンズ。結局のところ敵の兵数の見積もりは?」
「多く見ても五百強と考えた方がいいでしょうね」
と、パロンズ氏が返せば、
「ほうほう、一騎当千である私ならばなんの問題もない数ですね」
と、強気のコクリコ。
「頼らせてもらうぞ」
言えば、フンスッ! と鼻を鳴らして得意げに胸を張る。
得意げに口にしたコクリコの発言内容が、魔王軍が王都に攻め込んできた時の先生の発言のようで懐かしかった。
――ベルとゲッコーさんに対し、一騎当千と評してから万夫不当へと変わり、天下無双に訂正していたっけな。
あの時はこのドワーフの地が王都同様に侵攻を受けているなんて事を知る由もなかったけどね。
「では、行きまぐぇ!?」
一騎当千が意気揚々と歩き出そうとするので、フードをむんずと掴んで引っ張り制止すれば、美少女からとても残念な声が上がる。
続けて何をするのですか! と、お怒りだったけども、
「搦手による攻略は変わらないから」
「だから私一人でも問題ないですよ」
「一騎当千だからな」
「そうです。一騎当千のコクリコ・シュレンテッドです」
一騎当千って言葉がとても気に入ったご様子。
「でも駄目。相手が待ち受けている時点で、兵を伏せていたり、様々な罠が仕掛けられているのは必至。そういった箇所をシャルナに確認してもらいながらどうやって攻めるかを考える事が重要」
俺達はどう頑張ってもベルやゲッコーさんなんかとは違う。
正面切っても大丈夫なだけの行動に移すためには、それ相応の策を考えてからじゃないと駄目なんだよ。
と、伝えれば、コクリコも二人の名前を出されると、自分との実力差を比べることは出来るようで、
「まあいいでしょう。ですが一番槍は私が!」
うん。前衛らしい頼りになる発言だ。
ここまで前衛にこだわるなら、装備もそれに見合った物にしてほしいものだけどな。
「それと王都に戻った時、エリシュタルトの集落にてトールが活躍した時の立ち回りをゲッコーから聞いたのですがね――」
「おん?」
――。
『伏兵が配置されてるよ』
音を立てることなく樹上移動が可能なシャルナが俺達のいる場所から更に先へと進み、相手側の動向を窺ってくれる。
金糸のような長い髪を靡かせていても、木々と同化するようなシャルナの偵察はとても頼りになる。
そして毎度の事ながら、こういう時のイヤホンマイクもとても頼りになる。
装着するパロンズ氏はとても驚いていたけど。
初めて装着すれば、皆、同様のリアクションをするよね。
コルレオンは耳の位置と、装備している兜のデザイン上、装着は出来ないので側にいるタチアナから現状を教えてもらうことになる。
――。
「しかしまあ~」
感嘆の声を漏らす。
シャルナの素晴らしい誘導により、脅威に見舞われることなく奴等の拠点が肉眼で捕捉できる位置まで到着。
木々を切り倒して大地を広げ、隆起した大地を無理矢理に平地へと変えていた。
切り倒した木々と土を利用した土壁の防御壁も築いている。
壁の高さは五メートルほどあるので、拠点として立派なものだ。
「高さもさることながら、その壁によって囲まれる内側の規模は小さな村レベルってとこかな。一年ちょっとでこれだけのモノを築くなんて、敵ながら大したもんだ」
「そのようで。そして会頭、お気づきですか?」
「もちろんですよパロンズ氏。ここへと辿り着く前からね」
二人して首を仰角四十五度に固定して空を見上げる。
木々を切り倒し開けた空に向かって、拠点内の数カ所から白い煙が上がっていた。
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