出立

PHASE-69【瘴気】

「――では」

 兵から革袋を受け取った先生は、栓を抜くと、おもむろに口部分を俺たちの方に向けて、


「深呼吸をしてください」

 言われるままに深呼吸を行えば、革袋を「えいっ」と言いながら先生が圧をかける。

 と、黒い靄が漏れ出てきた。

 当然ながら俺たちはそれを吸引してしまう。

 この話の流れから察するに、


「先生……まさか……?」


「無論、瘴気しょうきですよ」


「なんて馬鹿なことを!」


「いえいえ、私は正気しょうきです」


「そんな言葉遊びをする余裕はないでしょう!」

 流石に毒であるから焦る俺たち。

 先生がまさかこんな事をするとは思っていなかったからか、俺だけでなく、ベルやゲッコーさんまで焦っている。


「いや失敬。大丈夫ですよ。事前に私も吸入しました」


「「「え!?」」」

 三人で驚くよ。

 なんで人体実験みたいな事をしてるの。


「ちなみにカイル君にも試してもらいました」


「「「は!?」」」

 ここでもシンクロ。みたいではなく、ガチの人体実験はしないでいただきたい。


「カイル君は自分から進んで協力してくれました」


「で、カイルは?」


「今はギルドのテントで横になってます。脱力に襲われております。可能性は低いですが、もしかしたら暴れるかもしれませんので、本人の了承を得て拘束しています。鎖で――」

 無茶するな……。

 先生が怖くなる時があるね……。怒らせないようにしないとな。

 行動に対して、俺の横に立つ歴戦の二人も引いている。鎖ってとこで、どん引きだった。

 ね、ロープでいいじゃんね……。


「皆さん体調は?」

 屈託のない笑みで、平然と状態を聞いてくるところなんて、サイコパスの素質がありますよ。先生……。


「……とくに、は」

 と、ベル。

 ゲッコーさんも問題ないと返す。


「――――俺も普通ですが」


「そうですか。私も結構な量を吸入しましたが、問題ありません」

 へ~。冒険するね……。


「これで分かったことは、この瘴気は、この世界に元々、住んでいる人間にだけ作用するようです」


「つまりは――――」


「我々のように、異世界から来訪した存在には全くの無害。ですので、主たちは瘴気が充満している地帯であろうとも、危険なく活動できます」

 あ、今、語末の方で、主たちって発して、自分の存在だけを無いものにした……。

 さっきもそうだったし、先生はパーティーに加わることは無いな……。

 だが、先生の言うように、瘴気を受けないとなると、実質、俺たちだけでの行動となるわけか……。

 兵を編制しての行軍を実行するには、まずはこの瘴気を浄化させないと進展しないんだな。

 ――……ふむん……。これは面倒になってきた。

 てっきり魔王さえ倒せばそれで終わると思ってたけども、魔王を狙うだけでなく、人間の活動域を広げていかないといけないわけだ……。

 魔王まで一直線ってならないね。

 RPGから、戦略シミュレーションに変わったな。

 ドラゴンを助けて瘴気の浄化を行い、この大陸を隅から隅まで浄化しないといけないルートだな。

 つまりは大陸統一と同義だ。

 え~、俺一代でなせる覇業なのだろうか……。

 俺の屍を越えてゆけと言いたくないぞ。もしそうなるなら、ベルと子作りさせてくれ。そしたら日本に帰れなくてもいいよ。

 とまあ、冗談半分、欲望半分。ベルとそんな関係になりたいと思いつつも、俺の選んだ能力は間違いではなかったという再認識。

 どれだけ強い能力を得ても、一人で大陸を統治する為の覇道を実行するとなると、一代では無理があるからな。

 一人よりも二人、二人よりも三人と、有能な存在を召喚するのが正解だな。

 仮に俺が強力な能力を得たとしても、ベルと渡り合える自信もないからな。それならベルと行動した方がいい。

 自分一人に能力を偏らせる事よりも、俺の召喚能力は現実的だ。

 ゲッコーさんの武器だって、この中世レベルから見たらオーバーテクノロジーなわけだし。

 なによりも、先生を召喚することが最大の戦力になるだろう。

 戦法、戦術面ではベルとゲッコーさんが卓抜だが、戦略となれば文句なしに先生だ。

 史実では先生がいたから、曹操は天下の八割を収めることが出来たとも言われている。

 この先生の頭脳と、ミスター適材適所の力を遺憾なく発揮していただければ、有能な人材による大陸運営が可能になるはず。

 それを可能にするためにも、まずは瘴気の浄化が最優先事項だ。

 俺たちのような瘴気に影響を受けない存在が、しゃかりきにならないとな。

 少数精鋭。漫画やゲームの主人公だって、多くても五、六人でパーティー行動してんだ――――。

 実行部隊は俺、ベル、ゲッコーさん。十分なパーティー編成だ。俺を除けば……。

 旅先での心ときめく出会いにも思いを馳せつつ――――、


「やってやるぜ! 出立準備!」

 嫌がってた割に、色々と考え込んでたらテンションが上がって、口に出していた。

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