第10話 逆神六駆のトークスキル 仲間になりたそうな先輩女子を傷つけない断り方

「えっ!? あ、そうなんだ? あー! 2人きりの方が良いとか!? あまりにもきっぱりと断られるから、ビックリしちゃったよー。気が利かなかったかにゃ?」

「ホントにごめんなさい。もう、何て言ったらいいか。とにかくごめんなさい」


 少し気まずい空気が流れる中、雰囲気を感知する機能がびている者がこの場にいる事を、莉子は忘れていた。

 気さくな先輩の誘いを断るのにエネルギーを割いていたのだ。

 それほどまでに莉子が心を痛めていたと言い換えることもできる。


「いいじゃない? なんでクララ先輩と組むのはダメなの?」

「六駆くん? ちょっとこっち来て! すみません、クララ先輩! ちょっとこの人、なんだか具合が悪いみたいで。す、すぐに戻ります!!」


 強引に六駆の腕を掴んで、三歩、四歩とクララから距離を取る。

 莉子は意味もなく何かを嫌ったりしない女の子だったが、この数分で「世界からおっさんが滅びたら良いのに」と思うようになりつつあった。


 六駆の罪は重い。

 世の中の清らかなおっさんに即刻謝罪するべきである。


「六駆くんのバカぁ! いいわけないでしょ! この状態でどうして他の人とパーティーが組めると思ったのかな!?」

「だって、先達と友好な関係を構築しておくと、後の事を考えると楽だよ? なにより、僕たちに足りない情報が手に入るし」


「ここで正論を言ってくるところがまた腹立つなぁ! あのね、わたしたち、ついさっき共犯者同盟になったでしょ!?」

「なった、なった!」



「それがバレるじゃん! 下手したら、資格はく奪だってあるんだよ!!」

「ああ! なるほどね! 莉子は色々考えてるなぁ!」



 「六駆くんが何も考えてなさ過ぎるんだよぉ!」と言ったのち、莉子は自分でも改めて考えた。

 このおっさんの言い分が正しい事を、彼女も重々理解している。


 情報を与えてくれる気さくな先輩。


 まごう事なき魅惑の存在である。

 絶対にこの機をのがすべきではない。

 だが、一緒に行動するのはまずい。


 考えれば考えるほど思考の海に沈んでいく莉子。

 そんな時、頼りになるのは何か。


 おっさんの世渡りスキルである。

 六駆は、彼女のために一肌脱ぐことにした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 「僕に任せて」と言った六駆は、莉子の必死の制止を振り切り、クララの元へ戻る。

 そして、流れるように適当な事を喋り始める。


「すみません。実はですね、莉子はスキルが強力なんですけど、制御が上手くなくて。そのせいで、先輩にご迷惑をかけてしまうのではないか。そこが気になって、さっきから挙動不審だったんですよ。すみません。この子、思いやりのあるいい子なんですよ。分かってやってくれませんか?」


 適当な事を言っているのに、何故かよく曲がる筋が通っている六駆のセリフ。

 クララも「ああ、そういうことなのね!」と膝を打つ。


「そんなの気にしなくて良いのに! けど、分かるわー。あたしもルーキーの頃、そんな風に思ってた時期があるもん。そっか、そっかぁ!」


「それでですね、手前勝手な事を言って申し訳ないのですが、莉子が納得のいくスキルの制御を身に付けたら、その時に。ああ、もちろん、クララ先輩がまだソロだったらで構いませんので、もし良ければパーティーを組んで頂けたら! 僕たち、とにかく知識がないものでして! 経験豊富な先輩は願ってもない存在なんですよ! しかも先輩、美人だし! 最後が一番のポイントなんですけどね! ははは!」


 おっさんがひとたび喋り出すと、それは無限に水を吐き出す魔法の壺かと錯覚するように力強く、そしてとめどない。

 さらに、先ほどまで見せていた無自覚に場の空気を乱すスキル持ちのおっさんは、たいていの場合、突然空気を読み始める反転スキルも保持している。


 六駆もしっかりそのたぐいだった。


「えー、なに、急に! やだなぁ、六駆くん! 口説いてるみたいじゃんかー!」

「いや、ホントにクララ先輩って美人ですから! もう、カラフルなスカートの装備を着こなしてる時点でオシャレ上級者ですし!」


「やだー! 六駆くんって見かけによらず、グイグイ来るねぇ! そう? あたし、そんなにイケてるかな? やー。大学では探索員ってだけで浮いてるから、実は同世代の友達少なくてさー! 分かんないんだけど、そっか、あたしイケてるのかー! ふふふー」


 何よりの幸運は、クララとおっさんの相性が良かった事。

 莉子は後ろで黙って話を聞きながら、察していた。



「あ、この先輩。チョロい人だ。しかも多分、ぼっちこじらせてる。いい人なのに」



 六駆に良いようにされているクララを見て、彼女はなんだか悲しい気持ちになったと言う。

 これから、できるだけ親切に、仲良くしてあげようとも思った。


「じゃあ、スマホのID交換しとこっか! いつでも呼んでー! 2人のピンチなら、あたしすぐに駆けつけちゃうから!」

「ありがとうございます! いやぁ、莉子! クララ先輩がいい人で良かったね! ああ、美人で、しかもいい人で!!」


「ちょ、そんなに褒めたってダメだよー? もう、こいつぅー!! それじゃあ、あたしは1つ階層進むけど、2人は無理しちゃダメだかんね? このダンジョン、マジでモンスターの出現パターンとかむちゃくちゃだから! そんじゃ、まったねー!!」


 こうしてクララは去って行った。

 2人に足りなかった情報源が向こうから来てくれると言う僥倖ぎょうこう


 六駆は「これはラッキー! 日頃の行いだな!」と満足気。

 莉子は素直に喜べないでいた。

 代わりに「早く一人前になろう。あと、師匠の技術は真似しても、生き方の真似だけはしないようにしよう」と誓うのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「六駆くんさ。よくあんなに適当なことを平気な顔で言うよね。わたしの知ってる君は、そんな人じゃなかったよ?」

「30年近い時間は、人を変えてしまうんだねぇ。勉強になるなぁ」


「わたし、年を取るのが怖くなってきたかもだよ」

「まあ、それはそれとして。僕らは第1層を適当に歩き回ろう。今日中に莉子は『太刀風たちかぜ』のコントロールを覚える。僕は、うちの屋根の修理代を稼ぐ」


 過ぎた事を悔いながらも、すぐに前を向けるのは莉子の長所だった。


「そだね! 早くクララ先輩とも仲良くなってあげたいし、がんばろー!! さあ、モンスター出てこーい! わたし、バシバシ撃つからね!!」

「僕は足元を見て歩くよ。なんか高そうなものがあったらすぐに拾うから!」


 彼らは探索をリスタートした。

 クララとは、意外な形で再会することになるのだが、それはもう少し先の話である。

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