第3章

第134話 穏やかな日常 牙を剥く中間テスト 忍び寄る留年

 異世界ルベルバックに平和と秩序を取り戻したチーム莉子。

 彼らの存在はなかった事にされたが、多くの者がその活躍を覚えていた。


 現世に戻り1ヶ月。

 10月も半ばに差し掛かる時分。


 異世界を我が物にしていた悪の親玉、阿久津浄汰を単身で殲滅せしめた男、その名は逆神六駆。

 彼は今、大ピンチを迎えていた。


「次の問題を逆神。鎌倉時代の末期、幕府打倒に大きく関わった天皇の名前は?」

「…………ぽ、ポヨポヨ?」


 教室がドッと笑いで満たされる。

 前の席に座っている莉子が慌てて六駆に小声で答えを教える。


「後醍醐天皇だよぉ! ごだいご!!」

「大吾は僕の親父だけど?」


 さらに笑いの爆弾を投下されて、本来叱るべき立場の教師まで「逆神は夏休みが明けてから本当に愉快になったなぁ!」と顔がにやけるのを我慢できない。

 訪れる休み時間も、六駆と莉子を苦しめていた。


「いやはや、莉子っちと逆神くんの夫婦めおと漫才もかなりこなれてきたねぇ!」

「ああ! あなたは、ちょっと待ってくださいよ! そう、莉子の友達の美姫みきさん!!」


「おっ! 逆神くん、当たりー!! ちゃんと名前言えるなんて、えらいねぇ」

「ちょっとぉ! 美姫ちゃん、六駆くんを褒めちゃダメだよぉ!!」


 二学期が始まったばかりの頃であれば「おっさんがつけ上がるから、調子に乗らせるな」と言う意味だった、莉子のセリフ。

 今では「わたしの六駆くんを誘惑しちゃダメぇ!」と言う意味の方が強くなっている。



 世も末である。



 六駆は学校生活に少しずつ馴染み始めていた。

 とは言え、ルベルバック遠征の3週間分の時間を欠損しているので、ようやく1ヶ月になろうかという学校生活。


 まだまだ不慣れな点も多い。


「ほらぁ、次体育なんだから、着替えなきゃ! 六駆くん、体操服ある? 1人で大丈夫? わたし、付き添おうか?」

「妬けますなぁ。ほらほら、莉子っち。男子が着替えられないから。行くよー」


 特に、男女が分かれる体育の時間などは、六駆にとってかなりの不安。

 そんな時にも親身になって接してくれるのが、ステキなクラスメイトたち。


「ささ、逆神さん! 着替えましょう! ね、遅れちゃいますから! へへっ!」

「ああ、そうか。今日は体育館なんだったっけ。ありがとう、スーパーひとしくん」


 中でも特に六駆に親切にするのが、と言うか媚びへつらっているのは、かつて始業式の日に莉子に絡んだ挙句、六駆の裏拳で白目剥かされたヒロシくん。

 彼は「卒業までこの人に逆らわなければ、無事にスクールライフが送れる!」と、強者に首を垂れることでこれ以上の危険から回避する作戦に出ていた。


「今日はバスケットボールだっけ? 3歩進む前に手近な人にボールぶつけるんだよね?」

「え゛っ!? いや、なんか色々混ざって」


「嘘!? 違うの!? やだ、僕恥かくの嫌だし、保健室行くよ!」

「そんな、逆神さん! もうそのルールで良いです! 出席日数足りなくなりますよ!! あなた、先週のソフトボールの時も同じ理由で休んだじゃないですか!!」


 ヒロシくんの献身的な介護もあり、その日の体育では六駆にボールを渡される事がなかったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「六駆くん! お昼ご飯食べよー!! 屋上、行こっ! 屋上!!」

「そうだね。教室は未だに知らない人が多いから、2人になれるところの方が落ち着くよ。莉子は分かってるなぁ」


「もぉ! そんな、大きな声で2人きりになりたいとか言わないでよぉ!! もぉぉ!!」

「ははは! ごめん、ごめん!!」



 もはや2人はクラス公認の幸せそうなカップルだった。



 高校生の頃と言えば、男女交際に積極的な者を閉鎖的な集団が「嫌ねぇ、あの子たち」と陰口を叩く風景でお馴染みであるが、六駆と莉子の交際は爽やかそのものなので、陰の者も陽の者も、すべからく微笑ましいものを見る目で眺めている。


 なお、前述の高校生活あるあるには若干偏った情報が含まれている可能性があるため、諸君は鵜呑みにしないで頂きたい。


「おっ、莉子の卵焼き美味しそうだね!」

「えへへへへ。でしょ? これね、わたしが作ったんだよ! 1個あげよっか?」


「本当に? 嬉しいなぁ! ……うん、美味しい! 莉子は良いお嫁さんになるよ!!」

「ば、バカぁ! 六駆くん、すぐそーゆう事言うんだからぁ!!」


 そろそろ2人のイチャコラタイムに胸焼けを起こす者も出始める頃合い。

 ならば、放課後まで時計の針を進めよう。


 大丈夫である。

 そこで六駆くんの息の根は止まる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「よし、それじゃあ今日はこれで終わりな! みんな気を付けて帰るように!」


 担任の教師がホームルームを切り上げる。

 六駆は「おや?」と思っていた。


 これから部活に行く生徒だって多いだろうに、どうして先生はみんなが帰宅すると決めつけているのか、それが不思議だった。

 その答えは、教師が去り際に告げる。


「週明けから中間テストだからな! 赤点とったら補修だぞ! まあ、このクラスは優秀だから、そんな者いないと思うが。一応言っとくと、学年末までに欠点科目3つあると留年だぞー!」



「んあああああああああああ!! ちくしょう!!! なんてひどい、あんまりだ!!!」



 六駆くん、膝から崩れ落ちる。

 せっかくマジメに高校生活を送り始めたと言うのに、こんな仕打ちは酷すぎると彼は天に向かって吠えた。


 その後、莉子が肩を貸して逆神家まで六駆を搬送。

 莉子さんもずいぶんと逞しくなってしまったものだ。


「六駆くん! すぐに成績表見せて! 一学期の分!!」

「ええ……。どこにあるのか分からないよ」


「お父さん! おじいちゃん!!」


 莉子に呼びつけられるとすぐに馳せ参じるのがこの家の大人たち。

 将来的に莉子が嫁いでくるかもしれないと理解している彼らは、彼女の言いつけに極めて従順である。


「任せとけ、莉子ちゃん! 六駆の荷物はこっちにまとめてあるんだ!」

「ワシは濃い目のカルピス淹れて来たぞ! アルフォートもあるでのぉ!」


 父、大吾が成績表を発掘して莉子の前に提出する。

 祖父、四郎は莉子用の座布団を持って来る。ぶ厚いヤツである。


「ありがとうございますっ! さて、どれどれー。……うわぁ。六駆くん、こんなこと言いたくないけど。どうして一学期の成績が普通に赤点スレスレなの?」


 大吾が「莉子ちゃん、ここは俺らが答えるぜ!」と頭を抱えて動かなくなった六駆に代わって答えを述べる。


「こいつには、今年の頭からスキルの修行ばっかさせてたんだよな! ほら、異世界転生が決まってたし、裸一貫で行かせるのは危ないだろ!?」

「その結果、勉学が疎かになってのぉ! 高二になってから、普通に成績は低空飛行じゃ! 逆にこれで成績良かったら、周りの皆様に失礼じゃて!!」


 莉子は速やかに電話をした。


「あ、もしもし。クララ先輩ですか? 今、暇でしたよね? 明日からも暇ですよね? お泊りセット持って、六駆くんの家に来てください。チーム莉子のピンチです。芽衣ちゃんも連れて来てくださいね。六駆くんより絶対勉強できるので!!」


 大ピンチから始まった逆神六駆の新たなるステージ。

 彼は高校二年生周回者リピーターも拝命してしまうのか。

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