第1146話 【小鳩お姉さん、破壊活動中・その3】とんでもないお排泄物が来ましたわよ…… ~来ました~

 童貞は悪だ。

 そんな風潮が広がったのは戦時中と言われている。

 もちろん諸説ありである。


 この世界が諸説の引用しかしないのはとてもよく知られている。


 明治以降から戦前に至るまでは男児たるもの伴侶を得るまで童貞を守り抜くべしという世論が強く、軽々に捨てて良いものではなかった。

 そもそも童貞とはキリスト教のカトリック教会における修道女を敬って使う表現が起源ともされており、日本人の間で広まったのは20世紀に入ってから。


 童貞という言葉が日本語の中ではまだまだ弱卒なのである。

 やーい。童貞の日本語童貞捨てたてー。経験不足の若造ー。



 失礼しました。



 戦時下になり産めよ殖やせよの精神が流布されるようになり、童貞と言う言葉がネガティブなものへと姿を変え、戦後の復興期を経てバブル期、そして平成、インターネットが普及した頃には「えー。マジ、童貞?」「童貞が許されるのは小学生までだよねー」とかいう悪辣なアスキーアートが出現したり、「童貞のまま30歳になると魔法使いになる」という伝承が産声をあげたりした。


 ならば童貞は悪なのか。


 そんな事はない。

 現代日本において少子化は確かに深刻な問題であるが、せやったらみんなして子供作ればええやんと短絡的な思考を持って良いはずもなく、これは多様性が求められる令和のご時世において1つの個性に過ぎないのではないか。


 カレーは国民食だが、カレーが嫌いな人もいる。

 ラーメンは子供からお年寄りに至るまでみんな食べてるとテレビは言うが、年寄りに麺を啜らせる危険性から目を背けてはいないだろうか。


 むせる。


 この手の問題で大きな影響、特に悪影響を及ぼすのが声の大きな当事者。

 別に「私は童貞です!!」と宣言しなければならないルールなど存在しないのだから、したい者はすれば良いししたくない者はしなければ良いし、機会が欲しければ今のご時世そちらも多様化している。



「オレはよぉ! 1度死んでから強くなったぜ? そして! この戦争を勝ち抜いて! オレ、女子高生と結婚して! 童貞捨てるんだわ! おっぱいは揉んでデカくする!! どうだ? ふーっはははは!! 良いだろう! バニングぅ! 六宇は20歳だからよ! 合法女子高生なんだわ!! ふーっははははははは!!」


 こういうのがいるから、ネガティブなイメージが全力疾走するのである。



 バニングさんに宣言しただけまだマシだったかもしれない。

 氏が代弁してくれる。


「ふっ。既視感を覚えていた。クイントから、どこかで見たような。そんなはずなどないにも関わらずな。今、思い至った。ヴァルガラで相対した時にはまともだったのに、堕ちた男を知っている。噂に聞いてな。直接は知らん。知りたくもない。ただ、仁香が言っていた。お前は……水戸の亜種か!!」


 味方にも童貞クソ野郎がいた。


 繰り返すが、こういう輩の声が大きいせいで色々と誤解が生まれる。

 この手合いには世界に一つだけの花を100回朗読させるべきなのである。


「誰だよ、それ!!」

「ふっ。お前の仲間だ」


「イケメンってことか!?」

「……個人的にはこれと会話するのも辛いが。時間を稼ぐ。皆、準備を整えてくれ」


 バニングさんが早速仕事をしていた。

 厄介童貞クソ野郎が彼女と思い込んだ乙女と一緒に戦場に出て来るとやたらアゲアゲになっていてげんなりする。


 六宇の色の褪めた表情を見つめながら、バニングさんは思う。

 「本当に辛いのは巻き込まれた女子か」と。


 アトミルカが巨大な組織になった理由がちょっと分かる、敵にすら情けをかけられる男バニング・ミンガイル。

 この世界における理想の上司の1人である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「小鳩さん、小鳩さん!」

「嫌ですわよ!!」

「ご主人マスター。バニング様が死んでしまいます」


 哀しき運命のいたずらが発生していた。

 チーム莉子の乙女は現在6人編成。



「訂正を求めます。瑠香にゃん、ミンスティラリア製の兵器です」


 乙女は6人編成。



 その中で胸部装甲がビッグな順に3人がクイントと相対してしまった、ディスティニーのクソったれ。

 これが莉子ちゃん、芽衣ちゃん、ノアちゃんのちっこい乙女トリオだったらもっとスムーズに先陣、後詰と役割分担も決まっていただろう。


 もう「敵はおっぱいに惹かれる」という情報が共有されており、チーム莉子のみならずここまで戦い抜いて来た者は皆が知っている。

 川端一真おっぱい男爵の事を。



 水戸信介クソ野郎監察官の事を。



 ただ乳があるというだけで地獄に巻き込まれることがほぼ決定する相手を何人か知っているがゆえに、一歩が踏み出せない。

 クララパイセンはちょっと前に直接的な被害を受けており、その被害者を薄目で見ていたのが瑠香にゃん。


 猫コンビはとりあえず小鳩さんに吶喊して欲しい。

 だが、3人の中で小鳩さんだけが唯一の彼氏持ち。


「嫌ですわよ!! どうしておっぱいをあっくんさん以外の殿方に差し上げなくちゃいけませんの!? しかもお排泄物ですわよ!! あの方の手の動きは何なんですの!? ひどく気持ち悪いですわ!! 生理的嫌悪感を強く覚えますのよ!!」


 お排泄物は手をワキワキさせている。

 クイントの構えである。


 仮死状態から舞い戻って戦闘力が向上しても戦闘スタイルが変わったりはしないので、彼は鷲掴みの構えで戦う。

 吶喊するということは鷲掴みの構えに肉薄するということであり、下手をすると鷲掴まれる。


「クララさん」

「嫌だにゃー! あたし、もうひどい目に遭っとるもんにゃー! こーゆうのは順番! 持ち回り制だにゃー!!」


「瑠香にゃんさん?」

「危機回避モードに移行します。ご主人マスター。瑠香にゃんは貴重な回復装置です。瑠香にゃんのおっぱいを揉まなければ発動しません。つまり、敵に瑠香にゃんのおっぱいが渡ると良くないです」


 パイセンに競泳水着の脇から手ぇ突っ込まれたと強く抗議していた瑠香にゃんだったが、もう今は自分のおっぱいの有用性についてプレゼンしてでもクイントとの接近は避けたい。

 ずいぶんと人間らしい感情も育って来たので、観測者もこれにはほっこり。


「小鳩さんの装備なら大丈夫だぞな! 鎧だもんにゃー! しかも全然露出のないヤツだぞな! ソシャゲのガチャだったら絶対R! 引いた瞬間にこれじゃないにゃーって憤慨するヤツだぞな! パージもしないし、揉まれても平気だにゃー!!」



「そういう問題ではないですわよ!!」

「いえ。ご主人マスター。今はそういう問題の話です」


 パイセンがチア衣装。

 瑠香にゃんが競泳水着っぽいなにか。

 小鳩さんはガチの白い鎧(久坂さん製作)。


 確かにそうかもしれん。



 部隊の人員的にも小鳩さんがズバピタなのは、本人もよく分かっている。

 クララパイセンを前線に出す意味はもう「囮として揉まれて来い」以外に存在しないこと明らかであるし、瑠香にゃんを出すとバニングさんが今わの際を迎えた時の回復役がいなくなる。


 小鳩さんなら得物が使えるし、しかもそれが槍なので近接戦の中でも比較的距離を確保して戦えるという、最低限の条件が揃い過ぎていた。


「槍がありませんもの! くっ! なんてことですの……!! 槍さえあれば、戦えましたのに!!」

「ご主人マスター。瑠香にゃんランスです。ご査収ください」


 瑠香にゃんが太ももからスッと槍を出した。


 小鳩さんの瞳から久しぶりにハイライトが消えそう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 クイントとお喋り時間稼ぎ中のバニングさんだったが、小鳩隊の目的はそれで果たされる反面、クイントカップルの目的はどんどん遠ざかる。

 六宇がボソッと呟いた。


「さっさと戦ってよ。キサンタに戻してもらうから。もう勝って引っ込むのが1番速いじゃんか」

「六宇。おめぇ……。オレの活躍を間近で見たいって、そう言ったのか? ……悪かったな。本当によ。おめぇの事を散々クソガキとか言って。オレ、女と濃厚接触した事なかったから……。こんなところにいたんだな。運命の女ってヤツがよ!!」


 舌打ちをした六宇が身体を捻ると、鞭のように右足を振り抜く。


「あー!! もうヤダ!! 『六宇蹴りムーキック』!!!」


 六宇はそもそも戦士としての訓練を受けていないので、スキルも我流。

 というか、煌気オーラを蹴りですっ飛ばしただけである。


 名前も今付けた。


「ふっ。……これはいかんな。スカートが短いから目を逸らした方が良いかとエチケットについて考えていたが。つぁぁぁ! 『魔斧ベルテ』!! がぁ!? ……ふっ。誰か嘘だと言ってくれ」


 歴戦を共に歩んできたズッ友の斧で六宇の煌気オーラ脚を弾こうとしたバニングさんだったが、よもやの事態が氏を襲う。

 『魔斧オーラ』が蹴りに負けて消滅した。


「悪い冗談だ。あの娘、煌気オーラの練り方が熟練の戦士すらも凌駕する……! 雨宮や久坂殿の領域ではないか!?」

「もうほんとにヤダ!! きっつい!! クイントが隣にいて、敵っぽい人はおじさん!! ミニスカで来るとこじゃないじゃん!!」


 ジャージをだらしなく放置するからいけない。

 ミニ皇宮と一緒に飛んで行って光って消えた。


 それはさておき、逆神六宇。

 バルリテロリ皇族逆神家の第三世代。


 六駆くんと同じ世代であり、喜三太陛下直系のひ孫というのも同じ。

 世代を跨ぐと強くなる逆神家のシステムがきっちりと適用されていた。


「おっほぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「マジでヤダ!! なんでこいつ、あたしの方を見てんの!? 追撃しなよ!!」


 クイントは六宇を見て性的興奮から煌気オーラが爆増しているが、六宇はクイントを見て乙女的嫌悪感から煌気オーラが爆増させている。

 メンタルは上がれば良いというものではなく、直近のチンクエが見せたように低空でもハッスルしていればスキルに反映されるのだ。


 早く帰りたいという一心が六宇を強くしていた。


「ふっ。ここだったか。ここで死ぬのか……」


 とりあえず、小鳩隊の乙女たちは死せる老兵の援護をしてあげてください。

 命に比べればおっぱいの1房や2房。


 バニング・ミンガイル氏個人の意見です。

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