第998話 【バルリテロリ皇宮からお送りします・その19】「まだ南極があるやろ!!」「陛下。現世の僻地を取ったとて大局に変化があるとは……何でもありません」 ~まだ南極があるんや!!~

 バルリテロリの皇宮、の前に。

 参謀本部・電脳ラボでは。


 所長のテレホマンが「ちょっと皇宮でスライディング宸襟を騒がせ奉り恐縮してくる。貴官らは交代で休憩を取っておくように。家族との連絡も許可する。飲酒は申し訳ないが控えてくれ。代わりにハイチュウは備蓄から出して好きなだけ噛んで構わん」と言い残して出て行ったかと思えば戻って来て、暗い顔をしてまた出て行った。


 戦時下で敗戦の気配を真っ先に察知するのは誰か。


 軍のトップ。

 そうあって欲しいが、とある現世の歴史を紐解くと悲しいかな断言できかねる。


 負けるまでは勝つ事しか考えない。

 負けを認めなければ勝てなくとも負けではない。

 負けそうだけどトップが諦めたらそこで試合終了ですよ。

 負けるっぽいけど絶対に認めたくない、だって負けたらワシ責任取らされるやん。


 聡明な軍の主席は敗北を察したと同時にその後の処理を開始したり、和睦や講和、休戦、停戦に向けて動き始めたりもする。

 だが、真に聡明な主席はそもそも自国から率先して戦争をしない。


 時代が許してくれない場合はやむを得ず自衛のためにこちらから打って出る事もあるが、負け戦は被害を最小限に、少なくとも本土決戦を選択して無辜の住民を危険にさらす、あるいはさらに良くない沼地に足をずぶりとやって国家総動員などという決断には至らない。

 理想論ではあるが、理想を実現して来た国の王も少ないながらも存在する。


 さて、軍のトップが負けを察知しなければ否が応でも察知してしまうのが副官、副将、次席、参謀の地位にいる人物。

 仮にこのナンバー2も何も察しておらず敗戦濃厚になった場合は「なんで君らはそんなんで戦争したんや」という根本がフルスイングされる事となり、国は跡形もなく消失して悲惨な歴史を新しい名とともに刻む未来が待っている。


 バルリテロリのナンバー2はもはや言うに及ばず。

 電脳のテレホマンである。


 彼は八鬼衆の一席だったはずなのに、今や皇族たちよりも遥かに低い腰でありながら高い位置で戦局を見つめている。

 四天王的ポジションの分家の当主たちが頑張るべきだったのだが、唯一出て来たトラボルタは出征して敗戦の気配を察知しながらも自家を守る方針にハンドルを切った。


 気付けば実働部隊長の1人であるテレホマンが軍首脳となり、通信指令となり、参謀長となり、何やら末期感漂う布陣を独りでこなしている。


 では、電脳ラボは。


 一兵卒まで視野を落とすと「あれ。うちの軍、ヤバくね?」と察知するのは最前線に陣を張っている部隊。

 ただし今回の現世侵攻では最前線の部隊がほとんど何も発せずに壊滅させられ続けているため、「うちの軍よりオレの命がヤバくね?」と思考が羽ばたくタイミングでログアウトをキメてしまう。


 そうなるともう通信司令部の兵たちが全てを悟る。

 まだ戦争を続けるつもりならば備蓄品が謎の配布をされたり、上官がどう見ても激務の中で死にそうなのに「君たちは休憩しとき」と優しい言葉をかけてきて、あまつさえ機密の塊である司令部の兵士に同期ではなく「家族と直接話をしても良いよ」と言い出す。


 通信士や参謀本部に詰めている兵は頭脳労働がメインになるため、絶えず敵を見つけたら目標をセンターに入れてスイッチしている戦闘兵よりも考える時間があり、考える力が芽吹く。

 別に欲していないのに身に付いてしまう。


「おい。お前んとこの家族って何してたっけ?」

「家でプロレス見てる」


「うちの大将もプロレスしてるのにか?」

「よせよ、貴官。電脳ラボが吹っ飛ぶ前に首が飛ぶぞ」


「誤差だよ、そんなもん。言いたい事も言えないこんな世の中じゃ」

「言いたい事言ってんじゃねぇか。口動かすならハイチュウ食ってろ。ポイズン」



 電脳ラボ、一足早くにお通夜。

 もしくは生前葬を始める。



「これ、ナタデココ様のとこの備蓄だろ。なんでテレホマンが管理してんの?」

「ばっか、お前! 呼び捨てすんなよ! あの人、意外と頑張ってんだぞ!」


「ナタデココ隊は壊滅したって噂だからな。……あ。すまん。そっちの連中はナタデココ様のところの研究員だったな」

「いや、良いさ。あの方も出征が決まった時にもう目が死んでたし。だって研究職でそもそも戦闘タイプじゃないし。スキル使えるってだけで連れて行かれたんだぜ」


「はははっ。八鬼衆ですらないしな!!」

「ゲルググ様とかムリポ様のところの兵士を集めて急造部隊で出征とか。タピオカをバカにしまくってたから罰が当たったんじゃね?」


「おーい。ハイチュウの青りんご味あと2箱しかねぇぞー」

「マジかよ。こっちくれよ。グレープ味しかねーんだが」

「良いよな、ハイチュウって。端末汚れねぇし。……げっ。歯の詰め物取れたわ。これ死亡フラグじゃね?」



「もう死んでるようなもんだろ」

「歯の痛みも感じなくなるんだからよ。空いた穴にハイチュウ詰めとけ」


 絶望的を通り過ぎて和気あいあいとした終末感漂うラボメンたち。



 そんな中、1人の通信士が言った。


「あ。五十鈴ランドの反応が完全に消えた。これ鹵獲されたぞ。誰かテレホマン様にお伝えしろ」

「しなくて良いよ。眼の同期で済ませよう。って言うか、あの人もう気付いてるだろ。優秀だもん」


 その後、電脳ラボの備蓄品であるわたパチとメントスも倉庫から出して来て、ささやかな最後の晩餐をキメるバルリテロリの参謀本部であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 お待たせしました。

 バルリテロリ皇宮からお送りします。


「まだ南極海があるやんけ!! 負けた空気出したらダメだろ!! ワシらが勝利を信じないでどうすんの!!」

「はっ。おっしゃる通りでございます」



 陛下、開口一番がそれでよろしいのですね。



 五十鈴ランドが落とされた事実は陛下御自身の監視スキルによって既に皇宮にも届いている、というか自分でお取り寄せあそばされた。

 現世に送り込んだ3つの巨大異空間異世界。


 既に1つは鹵獲、接収され改修ののち乗り物に転用。

 ナグモ隊が乗船して本国へ向かって来るという割と最悪なケースをゲット。


 そして2つ目の五十鈴ランドはよりにもよって日本本部で接収されるという、改修されるスピードが最速であろう場所でロスト。

 ならば3つ目に「3度目の正直や!!」と期待をかける、バルリテロリの偉大なる皇帝・逆神喜三太。


「陛下」

「オタマ! スカート脱いでくれるん!? ストッキングは脱がんといてね! ワシ、ビリビリにしたい派だから!!」


「陛下」

「焦らすやんか! よっしゃ! 第4世代を今ここで作るか!」


「キサンタさー。なんで100年以上の人生送っててそーゆう進化したん? 普通さ、性欲ってどっかのタイミングで減退するんじゃん?」

「六宇ちゃんは帰りなさいって言ったでしょ!! いや、ワシは定期的に死んでるからね! 身体が新しくなって生き返る訳だから! 記憶保持してるだけで脳も新品になるし!! そりゃあビンビン物語はずっと続くよ!!」


 欲求が全部どっか行った六駆くんの方が人間らしいのか。

 それとも喜三太陛下の方が人として強靭なのか。


 答えが分かった方は官製ハガキにAかBを記入して、住所氏名電話番号、バルリテロリ皇帝のご感想を記載してバルリテロリ皇宮までお送りください。

 抽選で3名の方に陛下謹製ギャンドゥムを差し上げます。


 当選は景品の発送をもって発表とさせていただきます。



 緑色のボールペンで書くと当たりやすい。バルリテロリでは常識です。



「陛下」

「ほらぁ! オタマが待ちきれないってさ!! ヒヤウィーゴーじゃ!!」


「陛下。お許しを得て申し上げます。各ランドをどうして現世に転移させられたのですか」

「えっ!? …………なんでだっけ?」


 テレホマンが「あ。目が合ってしまった」と心の中で嘆いた。

 仕方がないので「はっ」と返事をする。


「当初、喜三太ランドは本土決戦に備えたバルリテロリの防衛システム。デコイとして喜三太陛下の煌気オーラを付与したものでした」

「あー! はいはい!! それで現世の旗色が悪くなったから急遽送り込んだんだわな!! ……なんでこんな事してしまったん?」



「バカじゃん、キサンター。敵にわざわざ直行便プレゼントするとかさー」

「…………六宇ちゃんが発案してなかった? オタマも賛成してなかった?」


 テレホマンが眼の同期を切った。

 致命的に士気が落ちると考えたのだ。


 安心して下さい。もう落ちるとこまで落ちてますよ。



 陛下がお気を取り直される。


「まあね! 南極海を取ってさ! そこから巻き返せばええやん? 十四男ランドは主砲付いてるし! ストウェアも奪ってさ! 近くの探索員協会に日本本部の名前連呼しながら発砲しようぜ!!」


 近くの探索員協会はヨーロッパ圏が軒並み日本に協力を表明しており、南米とアフリカの南端には協会がない。

 ニュージーランド沖には監獄ダンジョン・カルケルがあるので国協の管轄。


 つまり、世界中に点在しているアメリカ探索員協会の防衛施設が1番狙いやすく、問題を起こしやすい。



「陛下。どうしてそれをもっとお早く始められなかったのですか。八鬼衆に一斉侵攻させた時点でやっておられれば。いえ、申し訳ございません。偉大なる為政者たる陛下であらせられます。私のようないち秘書官の思い付きなどとっくにご考慮された後ですね。そうでした。大変失礼いたしました」

「……………………」


 陛下?



 陛下はお気を取り直された。

 偉大なる指導者は前進あるのみ。


 退かぬ、媚びぬ、省みぬ。


 陛下のお好きな言葉です。

 それ言ってた人は死にました。


「南極だ! 南極!! とりあえず勝ったって報告しか聞かないからね! ワシ!!」

「じゃあ一生報告来ないんじゃない? バカだー。キサンター」


 バルリテロリ宙域B地区にはクイントとチンクエを乗せたズダがそろそろ到着する。

 南極の一戦を勝ち切って、孫六ランドをきっちり迎撃すればまだ活路は見出せるのだ。


 と、テレホマンは自分に言い聞かせたが、思ったよりも自分が賢かったので「いや、そうはならんやろ」と論破された。


 南極海の戦いがササっと終わった後でもう1度くらいは我ら観測者も拝謁できそうですね、陛下。

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