第997話 【五の付く親族は嫌いだな・その5】終わりにしよう ~彼は思い切りビンタした~

 ここで1億円をゲットして、速やかに孫六ランドへ帰還する。

 帰還したらそのままの勢いで、何やら敵が増えているらしい宙域へ飛び出して殲滅せしめる。


 すると報奨金が増える。


 六駆くんのお金コンピューターが再起動した。


「喰らえ! 喰らえ!! 『果実味の鯖折りフルーティーハグ』!!」

「ふっざけんなぁぁぁぁ!! ウチは面食いだっちゅーの!! なんできたねぇおっさんに抱きつかれてんだぁぁぁ!! 離れろぉぉぉ!!」


「ぐへへへへ!! この姉ちゃん! 当たりだ!! そんなに強くねぇ!! これ、時間稼いどけばご褒美貰えるヤツだろ!! よっしゃあ!! あと2時間はイケるぜぇぇぇぇ!!」


 大吾はこれまで基本的に時間稼ぎしゃくのちょうせいとして投入されて来た。

 きたねぇブルドッグだって学習する。


 「また息子に投げられた。これはつまり、規定時間このまま耐えたら10万円コースだな!?」と判断して、攻撃を受けながら嫌がらせを繰り出すことで五十鈴の歩みを止める事は叶わずとも遅くする事を目標と定める。

 諸君はご存じの通り、今回の六駆くんの目的は「敵を爆発させるため」の時短。


 大吾に抱きつかせて、そこで爆発させて綺麗さっぱり片付ける設計図を描いていた。

 見解の相違がここでガッツリと露呈するあたりはさすが水と油の親子。


 分かり合えない。


 だが、風は六駆くんの背から吹いているのか。

 気付けば大吾が五十鈴に抱きついて動きを封じていた。


 雨宮さんが五十鈴を捕縛しようと周囲はプルプルした衝撃吸収素材な防壁で塞がれており、これはもう逃げ場がない。


「あららららー!? 逆神くん!? 逆神くん!! ちょっとー!? 逆神くん!! 何するのかしらー? 逆神くぅん!? あらぁー! おじさん、南雲くんの気持ちが今ね、すっごく分かるぅ!! 全然こっち向いてくれない!! これは心にクルねー!! 南雲くんが帰って来たら、高いお酒奢ってあげよー!!」


 ガチのマジで煌気オーラを集約させていたのに、六駆くんがずかずかと戦いのリングへと歩いて行く。

 この状況になると下手な事をすればマイナスになるどころか、最悪こっちに矛先が向いてえらい目に遭うであろうことはリスクマネジメント大好きおじさんな雨宮順平上級監察官は知っている。



 リスクマネジメント失敗して今の窮地があるんやろとか言ってはいけない。

 おじさんは意外と涙もろいのである。



「あらららー。これはもう、運を天に任せるしかないねー」

「大丈夫ですか!? 順平様!? あ! こんな時に現世の皆さんが恋人にしてもらうと嬉しい事をノア様から聞いております! おっぱい、揉まれますか!?」


「揉んじゃおうかなぁ」

「……ふっ。……欲張るねぇ。……順ちゃん。……若い花と熟れた果実の欲張りパックかね。……ええよ」


 雨宮さんが戦線離脱した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 六駆くんが歩き始めたのを確認して最初に結末を察したのはこの男。

 逆神家被害者の会の副会長にして、南雲さんが名誉会長に退いた後は会長を務める予定の阿久津浄汰特務探索員。


 六駆くんも大吾もよく知っているし、莉子ちゃんもよく知っている。

 逆神家が本気の顔をして動くと何が起きるのか、全部知っている。


「あぁ。終わったなぁ。おい、男前よぉ。てめぇこれからキツいぜぇ? 逆神に借りができっとなぁ……死ぬまで返済しきれねぇんだよなぁ。野郎、利率が闇金なんてレベルじゃねぇんだ。1日で8割、複利で増えてく感覚を覚悟しとけぃ」

「はい。勉強になります。あっくん様。それはつまり、自己破産するしかないと?」


「くははっ。自己破産だぁ? んな甘っちょろいもんは逆神の辞書にゃねぇんだよなぁ。死んでも生き返らせられる。覚えとけぃ」

「はい。肝に銘じておきます」


 そう言い終わると、トラボルタの前に結晶を集めて盾を構築したあっくん。

 彼の行く先に自分と似たような茨道が見えたのかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 少し前からサーベイランスとお喋り中な福田弘道Sランク探索員兼オペレーター。


「はい。これから逆神特務探索員が何らかの形で戦いを終わらせるかと思われます。地上は破壊され尽くしていますが、破滅の光に備えて隔壁が動かせる場所は早急に手配を。人員の避難は完了していますが、瓦礫とはいえイドクロア。復興の際には資材として再利用できます。隔壁で消失を防いでください。逆神四郎顧問が設計されたものですので、ある程度の効果は期待できます。1号館は特にバリア機能を集結させて優先的な防衛を。まだ戦争は続きます。司令部が消失しては異世界の戦いが我々の手の届かぬところで行われる事に。逆神特務探索員をはじめ、バルリテロリに向かった者は探索員が多く含まれております。身柄の安全はもちろんですが。有事の際。これは言葉にして記録しておきましょう。不慮の殺害が発生した場合、責任の所在をはっきりとさせておく必要があります。知りませんでしたでは通りません。そうです。南極海は最低限の支援に抑えて、バルリテロリに厚い援護の用意を」


 凄まじい勢いで本部に残っている山根夫婦に指示を出していた。

 脅威が去ったと判断し、オペレーター室へ非戦闘員を戻し今後の作戦行動を先んじて準備せよと命令を出す。


「以上のご指示を雨宮順平上級監察官より賜っております。では。通信を終えます」



 雨宮さんの名前で。



 責任を取るのが責任者の最も大きな仕事。

 本人の意志はあまり尊重されないのも有事の際の責任者の悲しき立場。


 ゆえに普段から結構な好待遇で雇われているのである。


「さて。後は逆神特務探索員の帰還に向けての予定時刻推移ですが。これは情報共有が済んでいると考えてよろしいですか? ノアちゃんDランク」


 最後に福田さんは先ほどよりもかなり離れた位置に逃走していた穴に向かって声をかける。

 「ゔあ゛ー」と聞き慣れた声が少しだけ漏れた。


「結構です」


 福田さんも煌気オーラを集約して身の守りを固めるのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 六駆くんが歩みを進める先にはいつも敵がいる。

 同じ人間だったり、モンスターだったり、異世界人だったり。



 親父だったり。



「おおお! 六駆ぅぅぅぅぅ!! 見てこれぇ! ブス姉ちゃん捕まえた!! くっせぇのよ、香水がさぁ! やっぱ男は石鹸の匂いじゃんなぁぁ!?」

「親父」


「なぁに!? ぐへへ!!」

「なに時間稼いでんの。ガッカリしたよ。本当に」


「えっ!?」

「抱きついて動きを封じられるんだったらさぁ。なんで最初にそうしないの? 戦局読めないの? どう考えても親父が呼ばれて来てさ。時間稼ぎを求められる状況じゃないでしょ?」


「えっ!?」

「空気も読めないし。何なら読めるの? 漢字も怪しいよね。この間なんか僕の名前書けなかったよね? 年末。あとは家族の名前書くだけだから、年賀状の注文しといてって言ったのに。六駰って書いてあったよね? なんて読むの、あれ。結局僕が自分で作ったんだけど。ミンスティラリアで。ねぇ。何だったら読めるの?」


 大吾は朗らかに笑った。



「パチンコの釘なら読めるぜ!!」

「負けまくってんだろうが!! ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!! 『究極平手打ウルティムム』!!!」


 先に大吾を殺りにかかった。



 極限までに研ぎ澄まされた煌気オーラを薄く鋭く掌に纏わせ、力いっぱいビンタする。

 純粋に破壊力だけを求めた逆神流体術の最終系。

 ラテン語で「最後」の意味を持つ名前の平手打ち。


 逆神六駆の究極スキルが1つである。


 あの大吾が悲鳴を出さずに消し飛んだ。


「は? ……あー。はいはい。マンモス哀れじゃん、あいつ! ウチはさ、話し合いに応じる用意とかあるし? あんた強いじゃん! へー! お姉さん、抱かれてやっても良いよ?」

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」


「いや待って! マンモス哀れなヤツの時より溜めが長くない!?」

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!」


「わかっ、分かった!! バルリテロリに関する情報なら全部喋る! お姉さん物知りだから! あと、イイ事しよ?」

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!」



「婚約者いるんでぇ!! くっさい匂いつけないでください!! 『究極往復平手打ポストレームム三重トリプル』!!!」

「————ひゅ」


 悪いヤツに老若男女なんか関係ねぇ。

 逆神六駆の究極スキルである。



 五十鈴の顔面がモキョっと不吉な音を立てると、消え去った。

 ように見えただけで、実際は雨宮さんとエヴァちゃんの作ったプルプル防壁の中をピンボールのように弾けては吹っ飛び、跳ねては混ざる。


 同じ空間に大吾もピンボール状態でビヨンビヨン跳ねているので、本当にきたねぇ花火が弾けて混ざる。


「よし!! 1億!!」


 最後に掌についたねちょっとするエキスを五十鈴ランドの壁に塗り付けると、六駆くんは晴れやかに笑った。

 風通しの良くなった天井からは1月上旬にしては温かい日差しが降り注ぐ。


 日本本部の戦い、決着。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃のバルリテロリ。


「あるぇ!? 五十鈴ランドから煌気オーラ反応が一瞬で何個か消えたけど!? おいおいおい! 五十鈴が消えてんじゃん!? どうなってんの、これ!!」


 喜三太陛下が本腰を入れて現世の状況をご憂慮され始めたので、監視スキルで覗き見しておられたところ凄惨な情報とマッチングをキメていた。


「テレホマン!! なんかワシの想定とまた違う感じになっとるぅ!!」

「はっ。陛下。想定通り行っておりますれば、今頃は現世をバルリテロリ皇旗のお米粒が気持ちよくそよいでいたかと」


「あ。うん。そうね。ちょっとこれ、あんま近づいて覗き見するとバレそうだから一旦距離取るわ。会議しよう。会議」

「陛下」


「オタマ?」

「陛下。もう余命いくばくもないかと存じます。お好きなだけお喋りくださいませ。私も胸に触らるくらいは黙認します。いわゆる冥途の土産ですね」


 バルリテロリ皇宮、いよいよ閉鎖か。

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