第999話 【ナグモの哀しみ異空間飛行・その2】「……豆大福とお饅頭だけ転移されて来たけど」 ~そら見たことか。逆神くん帰って来ないじゃん。~

 異空間を航行中の視界も先行きも真っ暗な孫六ランド。

 司令官の南雲さんは先ほど噴いたコーヒーを掃除中。


「南雲殿。これは元より敵拠点。敵陣に突入したのちには放棄するもの。……掃除をする必要はあるのだろうか」

「おっしゃる通りです。バニングさん。ですが、何と言いますか。結婚してから掃除の習慣がより強くなりまして。妻の妊娠が分かってからは私が家事をやっていたからでしょうか。自分で汚した場所を放置するのはどこであろうと抵抗が……」


 バニングさんが目を見開いた。


「……私にも覚えが! アリナ様が水着エプロンなる狂気の、いや失敬。愛情表現をなさっておられた時分に私もよく掃除をしておりました。あの方はどこかで良からぬ知識を拾って来られる。特に床掃除など、雑巾がけの文化を知りもしなかったはずなのに。どういう訳か前かがみになられて」

「あ。それはですね。原因がすぐに分かってしまいました。京華さんも結婚する前に少し荒れた、すみません。間違えました。ちょっと遅めの若気の至りを発病した時期がありまして。なんというか、ね。我々としては普通にしてくれているのが1番なんですが」


「ふっ。南雲殿とはもっと早くに出会っておきたかった」


 南雲さんは穏やかな表情で首を横に振った。

 続けて「バニングさん。それはできません」と答える。



「もっと早く出会っていたら私! 殺されてますよね!!」

「……ふっ。確かに!!」


 分かり合う前に古龍化ドラグニティが不完全な時代のナグモさんは殺られる。

 語り合おうにも息をするように「チャオ!!」とか言うので、やっぱり殺される。



 バニングさんも雑巾を持って来て床掃除の戦線に加わる。

 南雲さんは「私たちの妻がちょっとアレをナニした原因はあそこにいるんだよね」と口には出さず、そっと見つめた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おばあちゃん! わたし、もう戦いの邪魔になるかなぁ? おっぱいの種なくなっちゃったし……。六駆くんが、莉子を守るのに精いっぱいで! 戦えないよ!! とか言い出したら困るよ……。見たいけど。見たいけど!! しゅごい見たいけど!!!」

「にゃはー。想像と妄想が捗るぞなー。六駆くんに莉子ちゃんくっ付けてちょうどいい錘になるぞなー! あ! 今のは錘とお守りをかけたぞなー!! にゃっはー!!」


 良くない知識製造乙女1号と2号がみつ子ばあちゃんと雑談をしていた。

 少しだけ距離を取って眺める乙女がさらに2人。


「ボクマスター。質問があります」

「なんでしょうか? ボクは穴ちゃんが福田先輩にバレていた事にちょっぴりショックを受けているところです。これじゃ盗撮が本部でできません。ふんす……」


「質問が増えました。ボクマスターは公序良俗のついてご存じないのですか」

「公的秩序と善良なる風俗の略称ですね! 国家や社会にとっての利益と人らしい真っ当な暮らしを守りましょうというヤツです! 瑠香にゃん先輩も意外と知らない事がおありでしたか!!」


 瑠香にゃんの瞳がスッと曇った。

 ロボ猫の瞳からもハイライトが消せる乙女、平山ノア隊員。


「ステータス『その話はもういい』を獲得。瑠香にゃんが大事に保管します。最初の質問ですが、ぽこはプリンセスマスターに対してとんでもねぇ不敬な発言をしているのにどうしてこの世から消えないのですか」

「むふふー。いい着眼点ですね、瑠香にゃん先輩! お答えしましょう! クララ先輩は莉子先輩の超えちゃいけないラインが常に推移している事を理解した上で、ギリギリラインにかかるかかからないかのポイントを前足で踏んづけて遊ぶのがお好きなのです!! 今の莉子先輩は1を穏やか、10を破滅に置き換えると2くらいの莉子先輩なので! ちょっとくらい胸を肘で突いても平気なのです!」


「ボクマスター。実践をお願いできますか」



「瑠香にゃん先輩。ボクもやりたい事はたくさんあるんです。エンターテインメントに身を捧げる覚悟はありますが、ちょっと今ここで死ぬのは……」


 瑠香にゃんがステータス『ぽこはぽこゆえにぽり足り得る。ぽこ、すごい』という謎のものを獲得しました。



 そして目を離した隙に変なものを拾っているのが莉子ちゃん。

 ちゃんと拾っていた。


「そねぇな事ぁない! 嫁さんが隣におるだけで旦那は心強いもんじゃけぇね! ちょっとか弱いくらいがええ塩梅なんよ! ねぇ、お父さん!!」

「ほっほっほ。みつ子や。両手で『ゲート』の維持をしておるからと言って、足で脚撃を飛ばしてくれんでも。ワシの左手があと少し遅ければ無くなっとりましたぞい」


 みつ子ばあちゃん、照れ隠しの『餓狼太刀風ウルフィスたちかぜ』を披露。

 孫六ランドの壁がモキョっと音を立てたが、すぐにライアンさんが「お任せを!!」と飛んできてスキルで応急処置を施す。


「わぁぁ! そっか! 蹴り!! わたし今までパンチしかしてこなかったけど! キックならアレですよね! 威力高いって言うし! 試してみます!!」

「うにゃー。莉子ちゃん、莉子ちゃん」


「ふぇ? なんですか?」

「今の莉子ちゃんだとちょっぴり威力半減だぞなー」


「ん? なんでですか?」

「ショートパンツがピッタリサイズだからだにゃー」


「ほえ? なんでですか?」

「体重が乗らないんだにゃー」


「ん? なんでですか?」

「ムチムチしとらんぞなー」


 どら猫、莉子ちゃんチキンレースで戦闘感覚を維持する。

 この命のかかった駆け引きは実戦経験の100倍に相当するとも評価されている。


 南雲さんと瑠香にゃんが「今の椎名くんは頼りになるぞ!」「ぽこはひょっとしてドМなのでは」と違う視点からどら猫の偉大さを測定、花丸を付けた。


 そろそろバルリテロリ宙域に差し掛かるのだが、サーベイランスがようやく光る。


『えー。こちら本部っす。南雲さん、朗報っすよー』

「……聞きたくないな。逆神くんが1号館壊したとかでしょ。もう私が引責辞任するから、それでどうにか穴埋めしといてくれる?」


『逆神くん、逆神五十鈴氏を撃破しました!! 安否が不明なので撃破にしてるっすけど、今後殺害に変更されるかもしれないっす。上官の監督責任としてお伝えしとこうと思いまして』

「逆神姓の人は死なないからきっと平気だよ。それで、逆神くんは?」


 山根くんが『今そっちに行ったっす』と言い終わる前に門が光を増した。


「ああ! 良かった!! どうせしばらく帰って来ないパターンだと思ってたんだよ! あの子、1度戦うと謎のインターバルでいなくなるでしょ? いやー! さすがに敵陣に斬り込む時にそれはしないk」


 ポスッと音がして、カタッと着地した。


「逆神くんって体重1キロ切った? ダメだよ。中身おじさんでも若いんだから。ご飯ちゃんと食べないと」


 そこには桐の箱が転がっていた。

 莉子ちゃんが匂いを察知して飛びつく。



「豆大福だぁー!! あとおまんじゅうだぁぁ!! わー!! なんか思ったよりたくさんある!! きっと六駆くんが買いに行ってくれたんだぁ!! ……モグモグ」

「にゃはー! 莉子ちゃんの蹴りが新必殺技になってショートパンツが殉職するところまで見えるぞなー!!」


 豆大福と紅白饅頭が孫六ランドに帰還を果たした。



「帰還って! どっちも最初はいなかったじゃないか……!! やっぱり逆神くん帰って来ないじゃん!! もう嫌だ! 私はこんなところから帰る!! バニングさん、離してください!! 私ね、古龍化ドラグニティの進化スキル覚えたんですよ! 多分異空間でも飛べますから!! あとはお任せします!! バニングさん! どうして身体強化してまで私を止めるんですか!! 妻とお腹の子供が2人ね! 私を待ってるんですよ!!」

「冗談ではない! 南雲殿!! あなたがいなくなれば!! 次に被害者になるのは私!! ご覧になるが良い!! トラのマスクも一緒に飛んできた!! なにゆえ私は今さら世を忍ぶマスクド・タイガーにならねばならん!! もうバニング・ミンガイルでいくと決めたのだ! あと私にも妻がいる!! 多分クリスマスでデキたはずだ!! 若いあなたは残るべきだと思わんか!? 私はもう61だぞ!! 南雲殿!!」


 南雲さんとバニングさんがメンタル不全に陥りました。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、南雲監察官室の横。

 仮想戦闘空間に生えている門の前では。


「嫌ですわ! わたくしがいなくてもリコさんたちならやれますわよ! ナグモさんだっておられますわ!! あああ! 太ももにまた煌気オーラを刺して来るのはおヤメくださいまし! まだあっくんさんにだって刺されたことありませんのよ!!」


 小鳩さんがスカレグラーナ訛りで出陣を渋っていた。


 今回は完全にあっくんと五十五くんと3人で頑張ったら現世に残って、ピンチを迎えたタイミングでチーム莉子に念を飛ばして「負けてはいけませんわよ!」とかエールを送れば任務完了だと思っていたところ、六駆くんに「さあ! 行きましょう!!」と手を引かれる。


「あっくんさん! 助けてくださいまし!! 五十五さん! お姉ちゃんピンチですわ!! よし恵様!! 死神が出ましたわよ! お斬りくださいましぃ!!」

「ああ! 皆さん結構な消耗だったので、僕が回復スキルを空間発現して来ましたよ! 今は金ボルタさんが見てくれてますから! 安心して戦いに行けますね!!」


「人質じゃありませんの!! これが六駆さんのやり方ですの!? 年末くらいまでの綺麗な紳士はどこ行ったんですの!? ああああ! まだ太ももに刺すんですの!? もうタプタプですわよ!? あれ!? わたくし、強化イベントにぶち込まれてますの!?」

「小鳩さん。時間がないんです。先に豆大福とかを門の向こうに投げ込んだので、莉子はどうにかなりました。後はオマケみたいなものですから! ねっ!!」


 にっこりと微笑む六駆くんが悪魔に見えた。

 小鳩さんが「お排泄物なんてものじゃありませんでしたわ」と後に語る。


 この後、小鳩さんを抱えて普通に孫六ランドに帰還した六駆くんは南雲さんとバニングさんに落涙と共に歓迎され、莉子ちゃんに「ふぇぇ! お姫様抱っこぉ!! ズルい、モグモグ!!」とリコられた。


 インターバルは必要ないのだ。


 だって、これから南極海に行くんだから。

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