第262話 久坂剣友&55番VS10番 本部建物内・3階廊下

 まず戦いが始まったのは、協会本部内の廊下であった。


「55の。薔薇の量をちぃと減らして、槍みたいな形に構築せぇ。ほいで、煌気オーラを纏わせるのも先端のみに集中させるんじゃ。ほいじゃったらそのスキルも多少は使い勝手が良うなるで」

「確かにそうかもしれん!! うぉぉ! こうか、久坂剣友!」


「おお、なかなか筋がええのぉ! それなら連射も可能じゃろう? やってみぃ」

「喰らえ! 『ローゼンランツェ』!!」


 55番のイロモノスキルが久坂の手によって劇的改造。

 元の使い手が不憫でならないが、今は非常事態につきご了承願いたい。


 薔薇の槍を創り出す55番の『ローゼンランツェ』はそれなりに強力なスキルだった。

 貫通力に優れているため、半端な盾スキルでは出すだけ煌気オーラの無駄遣い。

 かと言って、無視して被弾すればそれなりに痛手を被る。


「ちっ。裏切り者が、目障りなヤツめ。まずは貴様から殺す! 『スモークダウン』!!」


 10番は大気に煌気オーラを加えて変異させるスキルを得意としていた。

 『スモークダウン』はそこらを漂う空気に毒素を含んだ煌気オーラを混ぜる事で対象の意識を喪失させる攻撃であり、やり方によっては命も奪える危険なスキル。


「ぐあぁっ! 頭が痛い!」

「仕方がないのぉ。『鳳凰拳ほうおうけん連撃空圧掌れんげきくうあつしょう』!!」


 久坂の得意とする鳳凰拳の長所はいつ、どんな時でも瞬時に発動できる点と、長年の修行によりその攻撃方法が実に多彩な点にある。


 高めた煌気オーラは空気を掴む。

 久坂は毒素を含んだ良くない空気を弾き、全て10番のいる方向へと撃ち返した。


「あ、しもうた。ガラスが割れたのぉ。これ、あとでワシが怒られるんかいのぉ?」

「久坂剣友! 助かった! 空気が外に漏れだしたため、10番の大気汚染スキルも弱体化させる事ができるかもしれん!!」


「おお! お主、なかなか悪知恵が働くのぉ! 本部のガラス、高いじゃ。なんちゅうたか、イドクロア使ってあってのぉ。滅多な事では割れんようになっちょる」


 その分、お値段もそれなりにする。

 勢い余って鳳凰拳で破壊してしまった窓ガラスに関して上手い言い訳を手に入れた久坂は勢いづく。


「ほいじゃったら、もうガラスを気にせんで戦えるわい! うちょくが、狭い場所でのワシはそこそこ強いで?」

「まったく、忌々しいヤツめ。こちらにも退けぬ事情がある。押し通らせてもらうぞ。どのような手段を用いてもな」



「喰らえ! 『ローゼンランツェ』!!」

「ちぃっ! 今、こちらが喋っている途中だろうが!!」



 55番は空気を読まず、覚えたてのスキルで10番を攻撃する。

 これには久坂もにっこり。


「ひょっひょっひょ! ええぞ55の! そうやって格上相手にも嫌がらせができるとは、ええスキルになったのぉ!」

「いちいち癇に障るヤツらだ……。時間がない。やむを得んな」


 そう言って10番が取り出したのは、久坂がよく知っているものだった。

 既にそれを何度も見ているし、それを使用した者を何度も倒して来た。


「言っておくが、このわたしを雑兵と同じだと思うな。『幻獣玉イリーガル百手狂神ヘカトンケイル』!!」


 10番の体が膨れ上がり、頭部が3つに増え、背中から無数の腕が生えて来た。

 久坂はその様子を見て、冷静に見解を述べた。



「おう……。なんちゅうか、今までの『幻獣玉イリーガル』の変身で1番キモいのぉ」

「確かにそうかもしれん!! なんだか鳥肌が立って来た!!」



 もはや人の体を捨て去った10番。

 久坂剣友を相手にするには、何かを犠牲にするしかない。


 彼がその点を理解できる実力者である事は認めてやらなければならないだろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「喰らえ! 『ローゼンランツェ』!!」

「……くだらん」


「ああっ! 『ローゼンランツェ』が!!」

「そりゃあお主。そんだけ連発したらもうけん制にもならんじゃろ。もうええから、ワシの後ろに控えちょけ。なかなか手強そうじゃからのぉ」


 久坂はまず、10番の変異した禍々しい姿よりもその内面を注視した。

 これまでの『幻獣玉イリーガル』使用者は、久坂の相手をした全員が大なり小なり差はあれど知能や思考力に何らかの影響を受けていた。


 だが、10番にはその症状が見られない。


 つまり、『幻獣玉イリーガル』を飲み込んだ際に起きる副反応は、ある程度の煌気オーラを持つ者ならばその力で抑え込むことができるのだろうと彼は結論付けた。


「そうなると、完全に意識を失わさせんといけんか。やれやれ、年寄りにゃ骨が折れる仕事じゃわい」

「くたばれ、じじい! 『百手飛空拳ハンドレッドスロー』!!」


 無数の手から放たれる煌気弾に規則性はなく、好き勝手に暴れまわりながら久坂に襲い掛かる。


「ぬぅ。『鳳凰拳ほうおうけん静水竜動せいすいりゅうどう』! お主、ちぃと口がわるうなったのぉ?」

「久坂!! さすがの身のこなしだ!!」


 久坂剣友も既に高齢であり、全盛期の頃のようにパワーや破壊力のある攻撃方法はおいそれと撃てなくなっている。

 その代わりに得たのが、経験による体の動き。


 『鳳凰拳ほうおうけん』は彼が還暦を迎えた頃に作った拳技であり、老いた体でいかに効率的な煌気オーラ運用を行えるかの1点を突き詰めたものである。

 その萎びた枝葉のように力を受け流す所作は、まさに熟練。


「どうした!? 受けていてばかりでは、やがて息が切れるぞ!? こちらは貴様の後ろにある部屋に詰まっている戦う力のない雑魚どもを! ふははっ、いつでも殺せると言う事を忘れるな!!」


 久坂剣友は探索員協会発足時から籍を置く、最古参の探索員である。

 それだけに協会にも愛着があり、そこで働く若い探索員は自分の子や孫のように思っている。


 その愛すべき家族を危険にさらすと言われては、老兵も本気を出すにやぶさかではない。


「うちの若い子らにみすみす手ぇ出させるほど、ワシも耄碌はしちょらんで。煌気オーラ集中! こりゃあ疲れるからやりたくないんじゃがのぉ! 『空蝉うつせみ』!!」


 久坂の具現化武器『空蝉うつせみ』は、姿のない刀である。

 どんなに目を凝らしても見えないが、確かにそこに存在している煌気オーラ刀。

 その『空蝉うつせみ』に普段の5倍近い量の煌気オーラを注ぎ込む。


 10番もその異常な出力に気付いたらしく「ヤメろ! 貴様!!」と無数の手でそれを止めようとする。

 だが、この場にはもう1人いる事を忘れてはならない。


「うぉぉぉぉぉ! 喰らえっ! 『ローゼンランツェ』! 『ローゼンランツェ』!! 『ローゼンランツェ』!!」

「がぁぁあっ!? くそ雑魚め! ふざけやがって! 目が……!!」


 55番が必死で巻き散らかした煌気の薔薇。

 その一本がたまたま10番の目にヒットする。


 頭を3つに増やした異形の姿であれば、目は6つもある計算になる。

 なるほど、捨て鉢になった攻撃でも運が良ければ当たるだろう。


 そして、55番は幸運な男だった。


「ええぞ、55の! 最高の援護じゃったわい!」

「ぐ、ぐぁあぁっ! この程度の隙を見せたから、何だと言うのだ!!」



「この程度の隙があれば充分なんよ。久坂流抜刀術! 奥義! 『かすみ』!!」



 斜めに斬り上げられた『空蝉うつせみ』の見えない一太刀は、10番の体を裂いた。

 人間相手ならば致命傷になる威力だったが、そこは『幻獣玉イリーガル』の効果に救われる。


「ぐっ……。申し訳、ございません……。8番、さま……」


 辛うじて命を拾った10番は元の姿に戻り、そのまま倒れ伏した。


「やれやれ……。ワシも流石に疲れたわい」

「久坂剣友! しっかりしろ!!」


 ふらりとよろめく久坂に駆け寄る55番。

 タンプユニオールから連戦続きだった久坂。

 さすがに百戦錬磨の老兵も体力の限界である。


「あとは六駆の小僧に任せるかのぉ。後は、さっきオペレーター室で福田の小僧に連絡させちょったけぇ、戦闘狂もそのうち帰るじゃろ。ワシは疲れた!」


 置ける布石を全て並べ終え、自分の役割を完遂した久坂剣友。

 後は息子や孫に任せて、ゆっくりと体を休めると良いだろう。

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