第261話 反転
「いやー。またまた。南雲さん、冗談キツイっすよ。なんで味方に刺されて口から血を噴いてんすか。あなたが噴くのはコーヒーっすよ、やだなー」
山根健斗Aランク探索員。
これまで彼が現状の把握において遅れを取った事は1度としてない。
これが彼にとって初めてのミステイクである。
「貴様ぁぁぁっ!! 『
「おっとぉ! 危ない、危ない。五楼さんの『
五楼京華の武器は細剣。
南雲修一が作った自慢の逸品。名を『ソメイヨシノ』と言う。
「いつからだ! 貴様、いつからアトミルカに身を寄せていた!? 答えろ!!」
「おやおや、五楼さんともあろうお人が冷静さを失ってはいけませんねぇ。この下柳則夫、生まれた瞬間からアトミルカ育ちですよ?」
アトミルカ構成員8番。
またの名を下柳則夫。
「下柳ぃぃぃぃっ!! 『
「おっと、『
彼は両親がアトミルカの上位ナンバーだった。
この世に生まれ落ちた時には既に反社会組織の一員。
しかも、
そこでアトミルカの1番から密命を受ける。
「日本探索員協会に潜入し、情報を得よ」と。
潜入する方法はいくつかあるが、最も疑われる可能性のないものは何か。
正規のルートで入隊し、正規のルートで出世して権力を得る。
時間はかかるがそれが最適解だと1番と下柳の両親は考えた。
日頃から下柳が見せていた顔は全て偽物。
だが、本物を1度も晒していなければ、偽物が本物にすり替わる。
「やっとこの不細工な脂肪ともお別れできますねぇ。『
「体形が変わっただけではないな。
本来ならば、この緊急事態である。
一旦退いて、態勢を整えるのが上策。
だが、その程度の予見は下柳も済ませていた。
「きゃああああっ!」
「うわっ、うわぁぁっ!!」
土門の作ったシェルターが次々に爆撃を受ける。
そこには下柳監察官室所属の
「ちぃっ! 貴様、どこまで腐らせていたのだ!」
「ボクの子飼いの部隊ですよ? 当然、ボクの意志に賛同してくれる人選をするに決まっているじゃないですかぁ! 苦労しましたよぉ。彼らの実力も過小に評価させるのは!」
梅林蓮司をリーダーに、5人が新しい敵として出現する。
五楼は簡単な計算式を脳内に展開した。
先刻の爆撃がスキルによるものならば、その破壊力から察するに1人がSランク相当と考えるべきだろう。
ならば、後方に下がっている監察官の雷門、楠木両名に対処させるしかない。
「げっほ、げほ。南雲さん、しっかり……! 『エクセレンス・メディラルラ』!! ごふっ! ……良くないですね。傷が深いです。ごっほ、ごほ! しかし、
南雲修一は重傷を負っており、この場で最も治癒スキルに秀でた和泉正春Sランク探索員は彼の治療のため動かせない。
「……ぬぅ!? 危ないですねぇ。これは
「御意に」
速やかに下柳則夫の無力化を試みた。
この段階での無力化とは、生死不問である。
だが、雲谷渾身の狙撃は下柳の作った
その隙に10番が進軍。
「下柳! 本来ならば貴様を生け捕りにするのが上級監察官としての正答だろう! だが、緊急事態につきその条件は破棄する! ……死ぬ覚悟はできたな?」
「これはこれは。さらに上級監察官の首までお土産にもらえるんですか? どうしましょうかねぇ。これは帰還後、一気に5番くらいまで昇進しちゃいますねぇ」
「抜かせ! 『
「お相手させて頂きましょうかねぇ」
周囲への被害を防ぐために
日本探索員協会、最大の危機を迎えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
10番は逃げ惑うCランク以下の探索員に見向きもしない。
むしろ、その人混みをカムフラージュにして一気に協会本部の建物に侵入した。
楠木監察官が『ソニックショット』で足を止めようとするも、彼の前には梅林軍団所属の探索員が3名。
咄嗟の攻防は一瞬で終わる。
ついにアトミルカの侵入を許した本部建物。
もはやこれまでなのだろうか。
本部内には非戦闘員の探索員も多く、大量の人質を取られたも同然である。
が、本部内にはこの男もいた。
「おお、年寄りにゃ難しい事は分からんがのぉ。外の状況はセーラから聞いちょるけぇ。いやぁ、オペレーター室におって良かったわい。55の。こいつが敵でええんかいのぉ?」
「確かにそうだ! この男がアトミルカの10番で間違いない!」
「……お前。2桁にも関わらず、裏切ったか」
「わたしは探索員協会に付いたのではない! 久坂剣友に付いたのだ!!」
今ではすっかり仲良しな久坂と55番。
既に55番の手錠は外されている。
万が一の際には久坂が全責任を負うと言う条件で、五楼の許可は事前に取っていた。
「ちぃと建物が壊れるかもしれんが、こりゃあ仕方がないのぉ。ワシらが倒れたらセーラたちが危ないけぇ。やるぞい、55の!」
「美味いカツ丼を楽しみにしている! 喰らえ! 『ローゼンクロイツ』!!」
10番は55番の派手なだけで中身のないスキルに一瞬たじろぐ。
「ええのぉ! ようやっとそのスキルが日の目を見る時が来たか!」
「確かにそうかもしれん!!」
久坂の参戦で劣勢ながら土俵際で持ちこたえる協会本部。
一方で、アリーナの隅にてしばし呆然としていた山根も動きだしていた。
やれる事をやれる者が、最善を尽くしてやる。
探索員協会はそんなに脆くは出来ていない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
アリーナの中心に巨大な門が生えて来た。
この『
五楼と下柳を含めたほぼ全員が驚き、動きを止める。
中から現れるのは、当然、あの男である。
「いやー! 山根さんから連絡受けて大急ぎで来ましたよー!! あああっ! 南雲さん! 本当にお腹に穴が空いてるじゃないですか!! 良かった、まだギリ生きてた!!」
逆神六駆、現場に到着する。
彼の動きは誰よりも早い。
「和泉さん、下がってください! あらかじめ
極大スキルを遠隔発動させながら、六駆は五楼の隣へと駆け寄る。
「この太ってない人が下柳さんですか? いやー、ライザップってすごいんですねぇ!! 五楼さん、ここは僕がお手伝いしますから! 後でお小遣いくださいね!!」
「ふっ……。この痴れ者が! 結果を出してから言うのだな!! 山根! いい判断だ! 後はこの痴れ者に任せて南雲についていてやってくれ!」
役者は揃いつつある。
各所から反転攻勢の狼煙が上がる。
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