第260話 裏切り者の監察官

 南雲は『双刀ムサシ』を地面に突き立てた。


「出し惜しみはなしだ! 変刃! 『あまそら』!! 一気に片付ける!!」


 『双刀ムサシ』の攻撃形態で最強を誇る変刃。

 流刀と星刀を握りしめると、南雲は気合を入れた。

 この形状の『双刀ムサシ』は握っているだけでも煌気オーラを使う、まさに短期決戦向けのバトルフォーム。


小童こわっぱが吠えるな。『ダストクロウ』! 24連撃!!」

「ご老人、申し訳ないですが私の後ろには多くの部下がいるんです。スキルで遊んでいる余裕はない! 一刀流奥義! 『蒼穹葬列剣そうきゅうそうれつけん』!!」


 対抗戦が始まる少し前の話である。

 南雲が逆神大吾を仮想戦闘空間に招いて、彼の使う逆神流剣術のデータを採取した事を諸君は覚えておいでだろうか。


 彼はその剣術スキルのデータを解析し、自分でも使用可能なものへと煌気オーラ出力等の調整を行った。

 剣技として形になった後は、ひたすらに仮想戦闘空間で刀を振る日々。


 業務終了後の自主的な修行に明け暮れた、我らが勤勉なる監察官殿。

 その成果もあり、今では多くの逆神流剣術亜種、『南雲流剣術』が生まれていた。


「なっ、なんだこの耳鳴りは!? ぐあぁっ!! 小童、何をした!?」

「ご老人をいたぶる趣味はありませんので、しばらく横になっていてもらえますか?」


 『蒼穹葬列剣そうきゅうそうれつけん』とは、対象に煌気オーラを浴びせる事で三半規管に異常を引き起こさせる剣技。

 これを喰らった者は仰向けに倒れ、青空を眺める事になると言う。


 諸君、南雲修一は強い。


 15番とは言え、アトミルカの古参を一撃で仕留めて見せた。

 コーヒー噴くだけのおっさんではないのだ。


「あーあー! だから年寄りは無理すんなって言ったのにねー! いい女は煙の中から、首だけを狙いまーす!!」


 だが、残る相手は13番と10番。

 倒した老人よりも序列が上である。


 13番の手が鎌に変異し、南雲の首を目掛けて振り下ろされる。

 だが、南雲は反応しない。


 反応できないのではない。

 する必要がないからだ。


「そうやって、自分がミスったらえらい事になるシチュ作るんだからなぁー。ヤダー! まだ残ってたんで使うっすねー。『紫電の雷鳥トニトルス・パープル弾』!!」

「うぎゃっ!? は、はあ!? なに、今の!?」


「おー。この煙の中って、自分的にも助かるっすね。一発撃ったら身を隠せばいいんすから! 南雲さん、続きよろしくっす!」

「ご苦労だった、山根くん! 一刀流! 『撃墜げきついやまおろし』!!」


 13番の鎌と南雲の星刀がぶつかり合い、火花が散る。


「……詰めが甘いな。監察官! 『グレイシア・コキュートス』!!」

「ぐっ!? 足場が……!!」


 10番が間隙を突いて、氷属性の封印スキルを使う。

 南雲の足元が完全に凍りつき、厄介なのは煌気そのものも冷やし封じる特性である事だった。


 だが、南雲修一は慌てない。


「観念したか。勇敢な監察官よ。13番、トドメを刺ぬうっ!?」

「ふぎゃっ! いったぁー!! ちょ、痛い痛い!!」


 協会本部の屋上から、何者かが狙撃。

 放たれた煌気オーラ弾は全て13番と10番に直撃していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 狙撃ポイントに視線を移すと、そこには頼りなく笑う男が立っていた。


「ははっ。いやー。南雲さんもこんなプレッシャーかかる仕事を振るなんて酷いなぁ。ねぇ、みんな?」

「雲谷隊長。マジで戦場でもヘラヘラするのヤメてください」

「そうですよ。こっちの緊張感がなくなります」


 彼らは雲谷くもたにトロピカル。

 本日行われた対抗戦準決勝の第一試合を勝ち抜いていた、雨宮あまみや上級監察官室の代表である。


 雲谷くもたに陽介ようすけ。30歳。

 Aランク探索員であるが、もう何年も昇進査定を受けていないため実力はSランクであると思われる、探索員協会きっての狙撃手。


 常に笑顔を絶やさない性格で、どんなに鬼気迫る現場でもその姿勢は崩さない。

 柔和な表情で敵の急所をピンポイント射撃する様は「笑顔の死神」などと呼ばれて畏怖されている。


 部下に津森つもり河内山かわちやまを従えて、南雲の指示通り狙撃ポイントにて待機していた。

 雲谷トロピカルは中距離射撃の探索員が3人、遠距離射撃の探索員が3人の編制。

 彼ら遠距離射撃組以外は、地上でCランク以下の探索員を退避させている。


「まあまあ、俺たちも仕事をしよう。はははっ。津森はあのお姉さんを。河内山は俺と10番に追撃だ。南雲さんの足元は俺が何とかしよう」

「了解!」

「こっちもイケます!」


 雲谷はライフルを具現化する。

 照準を合わせると、事も無げにトリガーを引いた。


「ははっ。当たると良いなぁ。『フレイムバレット』! これで南雲さんは良し。続けて、いくぞ河内山! 『スピニングバレット』!!」


 雲谷の撃った煌気オーラ弾は10番のこめかみに命中する。

 相手も相当な手練れなため、ヘッドショットを決めても煌気オーラで防御され一撃必殺とはならない。


 だが、ここまでの精密射撃を遠距離から行われると、それはもう無視できない。

 10番は前衛を13番に任せて、一旦距離をとった。


「ははっ。上手くいったなぁ。じゃあ、3人であのお姉さんを狙い撃ちしようか!」

「半笑い浮かべて言うセリフじゃないんですよ」

「隊長がそんなだから、雲谷トロピカルはサイコパスの集まりとか言われるんですよ!!」


「仕方ないじゃないかー。緊張すると笑っちゃうんだよ、俺って。ふ、ふふっ。それ、撃て撃てー!!」

「笑いながら女の人撃つ時点で、結構ヤベーっすよ、絵面が」

「我々はせめて真顔でやろう。津森くん」


 アトミルカに先手を取られ続けていた探索員協会。

 だが、南雲の推察は正しく、万が一に備えて配備しておいた超Aランクの狙撃部隊によって、形勢がひっくり返ろうとしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「よし! 助かったぞ、雲谷くん! 後でコーヒーを飲もう!!」

『はははっ。お役に立てて良かったです。まずはそのお姉さんを八つ裂きにしましょう! ははっ!』


 足場を雲谷に溶かしてもらった南雲は、息を吹き返す。

 流刀で素早く円を描くと、その空間の煙が切り取られるかのように霧散した。


「げぇっ!? マジかよ、こいつ! 1人でむちゃくちゃヤルじゃん!!」

「そういうのは逆神くんみたいな子の事を言うんだよ! 私は周りの協力を得てどうにか戦えているだけだ!! 二刀流奥義!! 『天心てんしん出日和でびより』!!」


 出日和でびよりとは、旅立ちに際して良い天気の事を指す。

 流刀で空間を浄化したあとは、星刀で相手の体から煌気オーラを奪い取る。

 気付けば13番も戦線から離脱せざるを得ず、立派な旅立ちの準備が整っていた。


「くっそ、話と違ぇじゃん……」

「命までは取らない。後でしっかりと事情聴取をさせてもらうからな!」


 残る敵は10番のみ。

 南雲に慢心はなかった。


「南雲!! 気を付けろ!!」

「五楼さん!? どうされましたか!?」


 戦場に五楼京華が降り立つ。

 彼女は南雲修一を確認すると、真っ直ぐに走り始めた。


 五楼上級監察官は何事も慎重に行う事で知られている。

 だから、南雲も「万全を期して助太刀してくれるのか」と思った。


 だが、五楼が走る理由は別にあった。


 10番などは相手にするだけ無意味。

 この戦場で気を付けなくてはならない相手は、味方にいる。


「くっ! たったこれだけの距離が遠い! 知らず毒を仕込まれる事がこれほどまでに焦燥を生むとは……!!」


 南雲には五楼がどうして焦っているのかが分からない。

 いつの間にか隣に来ていたもう1人の監察官と顔を見合わせる。


「五楼さんはどうしたんです? 彼女の到着を待ちますか?」

「いや、その必要はないですねぇ」


 ザクッと、拍子抜けするような音がしたかと思えば、南雲の腹を煌気オーラで硬化された手刀が呆気なく貫いていた。



「なっ……に……!?」

「申し訳ないですねぇ。南雲さん。ボク、あなたの事は好きだったのにねぇ」



 南雲修一は力なくその場に倒れ込んだ。

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