第304話 異界の門を奪取せよ フォルテミラダンジョン最深部

「マジかよ。今日の飯の当番誰だ? むっちゃ美味いな、これ!」

「アジアの料理らしいぜ。新しく入ったヤツらが作ったらしいが」


「オレらイギリス出身でイギリス勤務だからな。異国の味は貴重だわー」

「なに? 飯の時間じゃないのにお前ら何食ってんの?」


 アトミルカの重要拠点を守護する構成員はのんきだった。

 とは言え、彼らは末端の構成員であり、現場責任者も84番と階級はかなり低い。


 異世界・キュロドスに侵入者が現れると警報が鳴り、アトミルカの精鋭たちが戦いに赴く手筈になっており、彼らはその前座である。

 と言うよりも、この異界の門まで侵入者が攻め込んで来る想定がされていないのだ。


 上の階層で巨大な門が生えて来た事も、もちろん彼らは知らない。

 この様子をサーベイランスが偵察している事も、重ねて彼らは知らないでいる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「何と言うか、アレだな。恐ろしく油断しているぞ。これが罠なんじゃないかと思いそうになる。いや、まあ結構な事なんだけどね」


 フォルテミラダンジョン第15層に到着した南雲は、これから相手をする守護兵たちを眺めて素直な感想を述べた。

 では、百戦錬磨の逆神六駆の見解はどうか。


「加賀美さん! あのアトミルカさんたちが食べてるのって何ですか!?」

「恐らくトムヤムクンだね。タイの郷土料理だよ」


 既に2度目の食事休憩を求めていた。

 六駆の目標にトムヤムクンが加わったのは言うまでもない。


「わたくし、パクチーが苦手ですの……。何か他のものもあれば良いのですが……」

「あ、小鳩さん! 見てにゃー! あっちの人、フォー食べてるにゃー!」


「みみっ。ベトナム料理の麺は種類が豊富なので、色んな味が楽しめるです」

「うう……。わたし、最近ちょっと体重が……。どうしよぉ……食べようかなぁ。でもでもぉー」


 青山仁香が手を挙げた。

 「あの、ちょっと良いですか」と控えめに。


 南雲は「もちろんだとも。どうした、青山くん」と応じる。


「いえ、本当に素朴な疑問と言うか、作戦には関係のない事で恐縮なのですが」

「何を言うのかね。どんな事でも情報は共有しよう。小さな閃きが大局を動かす事だってあるのだからな」


 青山は「では……」と続けた。



「どうしてチーム莉子のメンバーは、敵の料理を普通に奪う計画を立てているんですか? 余裕があり過ぎて逆に怖いんですけど」

「ああ……。それはね、青山くん。あの子たち、そういう子の集まりだから。こればかりは慣れてもらわないと仕方がないね。私はもう慣れてる」



 南雲修一もずいぶんと視野が広くなったものである。

 かつては六駆や莉子の逆神流スキルを見る度にコーヒー噴いていたのに。


 今では敵を殲滅するついでに食事もゲットしようとしている蛮行に理解を示すようになっていた。

 だが、こうでなければこの部隊の指揮官は務まらないだろう。


「じゃあ、一気に制圧しよう。食事中に申し訳ないけど。メンバーは私が決める。まず、潜伏機動部隊の2人。頼めるね?」


「了解なんで、よろしくぅ! ガチの隠密ってヤツを見せてやりますよ!」

「……料理を死守する必要を作戦の概要に組み込みました」


 後ろから忍び寄って命を刈り取るならお任せ。

 屋払文哉と青山仁香。


「あとは、雲谷くん。下の階層に入ったら、追尾弾で援護を頼めるか?」

「ふふ、どうして俺が地獄の果てまで追跡する『死神の魔法デス・ソーサラー』の使い手である事を知ってるんですか? あははっ」


「いや、協会本部の情報は全部頭に入っているからね。と言うか、そんな物騒な名前だったんだ。殺さないでね?」

「く、くくっ。殺さないように狙撃しろとは、南雲さんも面白いことをぷっ、ふふっ」


 常に情緒に不安を抱えているサイコパス狙撃手も出動。


 この3人でも充分に片付くだろうと南雲は考えたが、万が一の可能性だって潰しておく必要がある。

 ならば、最強の手札を場に出すことも彼は厭わない。


「逆神くん。頼めるかな?」

「えー。僕、今しがた『ゲート』を出しながら自分の煌気オーラを自分が出した球体に吸い取らせるとか言う訳の分からない事をしたばかりですよ? 疲れてるんだよなぁ」



「5万円をあげよう」

「皆さん、僕に続いて下さい! ついて来れない人は置いて行きますからね!!」



 このやり取りに感想めいた言葉を呟く者は、既に急襲部隊には存在しなかった。

 それでは、悪魔を先頭にして鬼のように強い潜伏チームの出動である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 かの有名な桶狭間の戦いは、今川義元の大軍勢が休息を取り油断しているところを織田信長が襲い掛かり、鮮やかな勝利を挙げたことで知られる。

 だが、桶狭間の戦いが後世に語られるようになったのは、圧倒的不利を覆して見せたドラマチックさが話としての魅力を押し上げている事も一因だろう。


 つまり、悪魔たちが4人で15人を相手にしても、別にドラマチックでも何でもないのである。

 この戦いは誰も後世に遺そうとしないだろう。


「行きますよー。『瞬動しゅんどう』!! 右手に『粘着糸ネット』! 左手に『太刀風たちかぜ』! ふぅぅんっ! 『粘着風刃ベトベトウインド』!!」


「な、なんだ!?」

「やべぇ! 敵じゃねぇか!? おい、敵襲だひゃんっ」


 初手の六駆が放ったスキルで、既に9人が捕縛された。

 『太刀風たちかぜ』を『粘着糸ネット』でコーティングすることによって殺傷力を抑えた、優しい逆神流である。


 さらに六駆の仕事は続く。


「ふぅぅんっ! 『無風監獄カームプリズン』! 広域展開! はい、皆さん大丈夫ですよ!」

「逆神、お疲れちゃん! 後はオレらによろしくぅ!」


 六駆の使ったスキルは「煌気オーラで覆われた空間の中で使われるあらゆる力を押し留める」ものであり、実用性と言うか、使いどころがこれまでまったくなかった。

 『銅鑼衛門バトルゴング』と同じくらい「僕はなんでこんなスキル覚えたんだろう」と感じていた六駆だったが、何でも習得しておくものである。


 彼が『無風監獄カームプリズン』を広域展開している限り、逆神流以外のスキルも使い放題になる。


「小鳩さんに棒手裏剣のお手本を見せなくちゃね! 『スピニングニードル』!!」

「オレは敢えての素手でいくんで、よろしくぅ! 『ソニックウェイブパンチ』!!」


 青山の操る棒手裏剣はアトミルカ構成員が慌てて持った武器を器用に破壊し、手ぶらになったところへ屋払が特攻。

 振動を加えた煌気オーラ拳で次々に敵を気絶させていく。


「ふふ、これは俺も早いところ参加しないと、的がなくなっちゃうな。あはははっ。『空気弾丸エアショット』! 殺さない狙撃って大変だ! ふひひひっ」


 雲谷もきちんと不殺を守っている。

 空気を煌気オーラで固めた弾丸を構築し、それをご自慢の具現化装備であるライフルで撃ち出す。


 標的にした2人の眉間を美しく撃ち抜いた。

 冗談みたいに吹き飛んで行ったが、本当に殺していないのだろうか。


 結局、悲鳴を上げる暇もなく異界の門の守護兵たちは全滅した。

 奪ったものは、新しい侵攻拠点と敵の自由と戦意。


「うわぁ! このトムヤムクン、絶品ですよ! ほら、みんなも早く降りておいでよ!!」



 それから、彼らの食事もガッツリ奪っていた。



「逆神ぃ。お前、性格悪いなぁ。身動き取れなくした上でさっきまで食ってた飯を目の前で食うとか」

「お言葉ですけど、屋払さん。僕たちはフェアプレーの試合をしに来たんじゃないんですよ? ここは敵陣。貴重な食事が目の前にあったら、それを無視する道理がありますか?」


 異世界転生周回者リピーター時代に培った戦いのノウハウを真顔で語る六駆。


「……こいつ、マジでヤベーぜ。17歳の発想じゃねぇもん。よろしくぅ」


 何故かついでに戦意を削られた屋払であった。

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