第303話 異界の門はすぐそこに フォルテミラダンジョン第15層

 チーム莉子は順調にダンジョンを攻略していた。

 既に第15層に差し掛かろうとしている。


 その間に何匹かのモンスターと出会った以外は特筆すべき事もなく、穏やかな進捗状況である。

 だが、それも納得できる。


 アトミルカからすれば、そもそもこのダンジョンに外敵が到達すること自体が難しく、侵入者を想定していない。

 それでも、万が一に備えて野性のシャンパンパイソンを使った天然のトラップ。

 重ねて、結界トラップも配備してある。


 これだけ警戒しておけば充分だと誰もが思う。

 今回はアトミルカ8番、下柳則夫のミスによって場所を特定されると言う不運がきっかけとなり、そこに逆神六駆が居合わせたのはもはや災害のような不運であった。


「……おお! これ、そろそろ最深部が近いっぽいよ! この2つ下の階層から先は何の煌気オーラも感知できないから!」

「わぁ! 意外と楽に攻略できたね!」



 確認だが、シャンパンパイソンは世界のダンジョンに出現するモンスターの20選に数えられるほどの強敵である。



「みみっ。おっきい蛇も割と弱かったです」

「芽衣ちゃんがすぐに発見してくれたのが大きかったにゃー」


 もはや、チーム莉子の強さがワールドワイドだった。

 逆神六駆と言う名の動くパワースポットとずっと一緒にいたせいで、彼らは強さの基準を見失っている。


「……大蛇はわたくしの感覚ですと、かなりお強かった気がするのですけれど」


 まだ加入して日が浅い小鳩だけは、辛うじて普通の感覚を保持していた。


「何言ってるにゃー。小鳩さん、余裕で蛇の口塞いでたぞなー。あんなの余裕だにゃー」

「……そうなのでしょうか? ……ええ! そんな気がしてきましたわ!!」



 何もしていないどら猫によって、小鳩の浸食度合いがまた1つ進んだ。



「あっ! あそこが次の階層の道だね!」

「むっ? 待って、莉子。さすがに最深部が近いからか、ついにアトミルカさんたちの反応を感知してしまったよ。……んー。12人かな? 強さは20分の1南雲くらいだけど、1人でも討ち漏らすと奇襲がバレるね」


 六駆の『観察眼ダイアグノウス』を煌気オーラ感知に使用するのは本来の用途ではない。

 このスキルは生物が対象であり、このようにダンジョンの先を見通せるのは六駆が無理やりそう運用しているからである。


 それゆえに、正確性が若干落ちる。


 六駆は12人と言ったが、正しくは15人のアトミルカ構成員が異界の門を守護していた。

 最上位は84番。残りは全て3桁ナンバー。


「どうしようか? 僕が行って、ちょっとボコって来ようか?」

「ダメだよぉ! こーゆうときは、まず上司に報告だよ! 六駆くんってば、全然覚えてくれないんだからー」


「うにゃー。問題です。今、莉子ちゃんは何を考えているでしょうかにゃー?」

「みみっ。手のかかる旦那は可愛いなぁと思っているです!」

「わたしがいないと六駆くんはダメなんだから、とお排泄物で泥沼な思考をお持ちになられていますわ!」


 2人とも正解なので、この勝負は引き分けである。


 クララと芽衣に小鳩が雑談をしている間に、莉子がサーベイランス越しに現状を報告。

 南雲たち地上待機部隊も現状を把握した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みんな、聞いてくれ。ついに最深部の手前までチーム莉子が到達してくれたようだ」

「素晴らしいスピードですね! まだ4時間半しか経っていませんよ!」


 昨年のダンジョン攻略回数1位パーティーである加賀美隊の隊長、加賀美政宗が手放しでチーム莉子を褒める。

 特に速度が優れていると彼は言った。


「でも、さすがに見張りが現れたんですね。どうしますか、南雲さん」

「オレたちが現場にいれば、暗殺よゆーなんで、よろしくぅ?」


「うん。殺しちゃダメだよ? 全員生け捕りが基本方針だからね。とは言え、チーム莉子に潜伏機動部隊と同じことをやれと言うのは少しばかり酷だな」


 実際のところ、既にチーム莉子と潜伏機動部隊の間には埋めがたい実力差が生まれている。

 だが、チーム莉子はパワー特化のパーティーであり、トータルバランスで見ると極めていびつな形になる。


 ゆえに、隠密作戦と言う前提であれば、潜伏機動部隊の方がはるかに秀でている。

 そして、その事実を南雲はもちろん、待機組の全員が理解していた。


「南雲さん。ごふっ。よろしいごふか?」

「和泉くんがよろしくなさそうだな。血を吐きながら挙手する人って、多分君だけだと思うよ。この業界で」


「これは失敬。小生は、チーム莉子の現在地に『ゲート』を出現させるのはどうかと具申致しますげふっ」

「あはは、俺も和泉さんの意見に賛成です。ふ、ふふ、異界の門を制圧して、突入の準備を整えるのが肝要かと思います。あはははっ」


 血を吐きながら正論を述べる和泉と、狂気じみた笑みを浮かべて堅実な作戦を提案する雲谷。


「確かに。仮に現状のまま逆神くんに任せて、異世界に入ったのちに『ゲート』を構築させると、少々手間取る可能性があるな」

「ええ。自分たちのいる地上とダンジョン内であれば恐らく問題ないかと思いますが、異世界と繋ぐ場合、もしかするとタイムラグが生まれるかもしれません」


 南雲と加賀美の懸念は、急襲を旨としている部隊として至極正しい。

 加えて、地上組はいきなり戦場のど真ん中に出現する事になる可能性がそれなりにある。


 いくらサーベイランスがあるとはいえ、間違いが許されない突入は慎重に行きたいと考えるのがベターである。


「よし。それでは、我々もダンジョンの中へと潜ろう。逆神くんには第15層に『ゲート』を出してもらい、合流したのち速やかに見張りのアトミルカ構成員を無力化する。万が一にも敵襲の報が拠点に伝わらないように、素早さ重視の布陣で挑もう」


 南雲は屋払と青山に先陣を任せ、加賀美に追撃、雲谷に援護射撃を命じる。

 後詰には自分が加わると告げた。



「南雲さんごふっ。小生はどうしまょうげふっ」

「和泉くんはゆっくり来てくれ。君の出番はまだ先だ。はい、桃の缶詰。これ食べて、体調整えてね」



 こうして、地上部隊の突入の算段も整った。

 南雲はサーベイランスを通じて、意思の共有を図る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「なるほど。つまり、この階層に『ゲート』を出せば、5万円貰えるわけですね?」

『そんな事は言っていないけど、それで君のやる気が維持されるなら5万円は用意しておくよ』


「南雲さん! 今だったら、お得なオプションがありますよ!」

『君、急に夜の繁華街の怪しい客引きみたいな事を言い出したな。……まあ聞こう』


 六駆は決め顔で人差し指を立てる。

 何かいい事を言うつもりらしい。



「もう5万円頂けると、僕が『ゲート』を出しながら煌気オーラの無効化を同時にこなします! これをやると疲れるので嫌なんですが、元々安全な逆神流スキルがパワーアップ! 九分九厘、敵さんにバレません!」

『なにそれ! すごいステキなヤツじゃん! 是非頼むよ! 5万円……いや、10万円だそうじゃないか!!』



 六駆は静かに親指を立てた。

 そして、先ほどの決め顔の3倍はいい表情で言った。


煌気オーラをコンマ以下まで抑えてご覧に入れますよ。この逆神六駆の名にかけて!!」

『君、お金が絡むと突然ヒーローみたいな顔になるよね。嫌だなぁ、オプション料金取るヒーローって。いや、助かるけどね』


 話は纏まった。

 となれば、善は急げ。


「ふぅぅぅぅんっ!! 『ゲート』!! さらにぃ! 『遠隔吸収オートスポイル』!!」


 六駆は『ゲート』と自分から放出される煌気オーラを自分の出した遠隔スキルで吸い取らせる。

 繰り返すが逆神流のスキルはアトミルカ側で察知するのはほぼ不可能なのに、この念の入れようである。


 お金は大事だと言う事が実によく分かる。


 急襲部隊、再集結の時がやって来た。

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