第305話 捕虜と対話のお時間 そうだ、変身しよう!
アトミルカの見張り達を捕えた六駆たち先行チーム。
その様子をサーベイランスで見ていた南雲が満足そうに「よし」と呟いた。
「それでは、我々も下の階層に向かおう。時間勝負だ」
「料理が冷めたらもったいないにゃー」
「ですよね! 急ぎましょう!」
サーベイランスが南雲に近づいて来る。
『さすが南雲さん! 捕虜の目の前で捕虜が作ったご飯を強奪するとか、鬼畜ぅー!』
「おおい! 私は一言もそんな指示出してないでしょ!? 人聞きが悪いよ!!」
そんなやり取りをしている間に、チーム莉子が先頭になって最深部へ。
和泉をおぶった加賀美が指揮官に声をかける。
「南雲さん! そろそろ参りませんと!」
「ああ、分かった。捕虜から情報を聞き出せると良いのだが」
「そうですね! それから充分な休息を取らなければ! 幸い、食事には困りませんし!」
「加賀美くん……。君、すっかり順応してしまって……」
南雲は、常識人の犯罪係数が上昇した気がして、なんだか少し切なくなったと言う。
◆◇◆◇◆◇◆◇
流れで殿を務める事になった南雲修一。
彼は、限りなくゼロに近い確率ではあるが、伏兵に注意しながらフォルテミラダンジョン最深部まで下りて来た。
可能性がゼロである事と、ゼロに近いがコンマ数パーセントでもある事は大きく違う。
注意を払うだけでその境界線を埋められるのだから、労力は惜しむべきではない。
「あ、南雲さん! 先に始めてますよ!!」
「……うん。始めちゃってたか。いや、もう、何だろう。逆神くんの影響力ってすごいよね。ほとんど全員が何の迷いもなく敵の食事を……」
急襲部隊がアジア料理に舌鼓を打っていた。
「南雲さんも食べましょうよ! うひょー! 美味い!!」とはしゃぐ六駆に「うん。後でね」と答えた南雲は、逆神流によって雑に捕らえられた捕虜の前に向かった。
「あー。諸君、私がこの部隊の指揮官だ。階級の最も高い人は誰かな?」
「ふっ。我らアトミルカの構成員を甘く見るなよ! 突然襲い掛かって来る追いはぎ集団になど屈するものか!!」
なんだか南雲たちが悪者のような空気が漂っている。
「そう構えないでくれ。諸君らの身の安全は保障する。我々はアトミルカを壊滅させるのが目的だが、人を殺しに来たわけではない」
「……こいつ、少しは話が分かりそうじゃないか?」
「確かに。いきなり襲い掛かって来た連中よりはな。拷問されるのかと思っていたが」
南雲の誠実さは国境を越える。
誠心誠意、清らかな心をもって交渉に臨めば、分かり合えないはずがないのである。
「あらら! 南雲さん、拷問ですか!? 拷問なら僕に任せてくださいよ! この熱々のトムヤムクンを手近な人の眼球に流し込みましょう!! 先に油断させて警戒心を失くさせておくとか、南雲さんもやりますねぇ!!」
「き、貴様ぁ! よくも騙したなぁぁぁ!! 悪魔の親玉は貴様じゃないかぁぁぁぁ!!!」
「ち、違うんだ! 逆神くん! 君ぃ!! ヤメなさいよ! 私を背中から撃つなよ!!」
誠実さを越えていくのはいつの時代も狂気である。
悲しい事だが、戦場では誠実さよりもずっと強い。
「はーい。じゃあ、階級が1番高い人が15秒以内に名乗り出ないと、この熱々のトムヤムクンはこの端っこにいる人の眼球に流し込まれまーす!」
「ああああああっ! ヤメ、ヤメろぉ! あっつい!? こ、こいつ! カウントダウン前なのに、もう既に照準合わせようとして、試しに数滴こぼしてやがる!? た、助けてくれぇ! こいつ、本気だよ! 口元は歪んでるのに、目が笑ってないんだ!!」
アトミルカは、国際規模の反社会勢力である。
その構成員に情をかけてはいけない。
だが、やっぱり少し気の毒なのは何故か。
「よしなさいよ、逆神くん! 人の心を忘れたのか!?」
「大丈夫ですよ、南雲さん! このトムヤムクン、もう僕が食べた後で汁しか残ってませんから! 食べ物を粗末には扱いませんよ!!」
「人の眼球を粗末に扱うなって話をしてるんだけど!?」
「えっ!? 敵の眼球って丁寧に扱わないといけないんですか!?」
南雲はただ、人間として正しいと思う事を口に出しただけである。
だが、逆神六駆と言うフィルターで処理された彼の言葉は、なんだか脅しを助長させている空気を孕んでいた。
それが結果となって現れる。
「お、オレが最上位の階級だ。84番。どうか、部下たちの命だけは勘弁してくれ。オレの眼球で良ければ、トムヤムクンを流し込むが良い!!」
84番、男気を見せる。
自ら名乗り出た彼には、敵ながらあっぱれを差し上げたい。
「ほほう、いい面構えですね! ……このトムヤムクンには香辛料をこれでもかと入れてあります。さあて、何滴まで耐えられますかねぇ?」
「おおい! 降伏した敵に何をしようとしとるんだね、君ぃ!!」
「お言葉ですけど、南雲さん。この人たちのせいで人生が滅茶苦茶になったり、果ては命を落とした人だっているんですよ? 因果応報じゃないですか?」
「ガチのトーンで言うなよ、逆神くん……。私まで背筋が冷える思いだよ……」
その後、84番は「自分の知り得る情報を全て提供する代わりに、部下の命だけは救って欲しい」と改めて南雲に願い出る。
良心と誠意の人、南雲修一。
彼はそれを受け入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
南雲が得た情報は端的にまとめるとこうなる。
異界の門をくぐって、キュロドスに入るとすぐに関所があり、そこでは生態認証が行われるため、侵入者および外敵は確実に足止めを喰らう事。
そこさえ突破すればしばらくはアトミルカの拠点もなく、比較的自由に動ける事。
つまり、それだけ関所のセキュリティに自信を持っていると言う事だった。
「これは難問だにゃー。要するに、異世界に突入したらすぐに戦争って事ですにゃー」
「できるだけ戦いは避けたいですけどぉー。でも、ここで足止めされてたら、せっかく急いで来た意味がなくなっちゃいますよね」
クララと莉子が六駆のところへやって来ていた。
手には屋払と青山が作った、トムヤムクンの残りをアレンジしたトムヤムクンカレー。
潜伏機動部隊は野外で活動する事がほとんどなので、現地調達した食材で料理をするのはお手の物。
「南雲さん。僕に名案があります。僕のうわぁ! これ、美味しいなぁ!!」
「君の名案、トムヤムクンカレーに負けてるじゃないか。それ食べるのは後にして、名案を聞かせてくれよ」
六駆は「温かいものは温かいうちに食べないと!」と譲らない。
結局、5分ほど南雲は待った。
その間に加賀美が南雲の分のトムヤムクンカレーを持って来た。
確かにその味は無類であった。
「生態認証って、何をどの程度確認するんですか? 84番さん」
六駆の右手には、ほんの少しだけ残したカレーが。
つまり、「カレーを眼球に入れますよ?」と言う無言の脅しである。
「2桁ナンバー以上の構成員は、指紋、顔認証。それに加えて
「なるほど」
六駆は「それなら問題ないですね!」と答えた。
「南雲さん。僕がこの84番さんになるので、関所の突破は任せて下さい!」
「ぶふぅぅぅぅぅっ!! 君ぃ!? なに、もしかして変身できるの!?」
六駆は「そのくらいできますよ! 嫌だなぁ!」と笑顔である。
彼は千のスキルをマスターした男。
現世では発見されていない、異世界産の未知なるスキルだって山ほど知っている。
「南雲さん! このミッションにはいくら出ますか!?」
「10……いや、20万でどうだろうか?」
逆神六駆のやる気指数がメーターを振り切った。
今回の作戦、彼はモチベーションが常に高いのである。
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