第1166話 【きっと最後の日常回・その2】小坂莉子ちゃん傷心中(胸を痛めております) ~今も肌着のままだし、怒られるし、ネクターはあと2本しかないし~

 敵陣に切り込んだのち、陽動班を担当していた小鳩隊。

 そこに彗星の如く、いやさ隕石が墜落して来たが如く推参したのが小坂莉子ちゃん。


 この世界で最も出番の多い乙女であり、押しも押されもせぬメインヒロインであり、隣人へ無償の愛を振りまき、みんなから愛を向けられる、そんな完全無欠の女子高生。


 身長は150cmと少し。小柄な姿が応援したくなると月刊探索員では大評判。

 この世界では髪型の変更が禁止と明言されている訳ではないが、とりわけ乙女サイドでは初期ロットから変わらない場合が大半である。


 例外はノアちゃんが六駆くんに「ちょっと後ろ姿で見分け付かないからさ」と完全なるハラスメント発言によって、元はストレートのショートヘアーだったのを緩いツインテールに変更。本人はウキウキなのでセーフ。

 もう1人は恋愛乙女ステークスで大外から一気に捲った佳純さんが「……そろそろツインテールは年齢的にキツいですよね」と一瞬ポニーテールになり、その後に考案された和泉正春監察官との人馬一体形態・佳純ランデブーのためにツインテールに戻したという経緯がある。


 この2人以外は髪型が固定されるという、昭和から平成中期くらいまで存在した、今ではブラック校則と呼ばれるちょっとカッコいいとか不謹慎な感想を抱きそうな名称に変わった「本学では男子は坊主。あるいはモヒカン。女子はおかっぱ。あるいは三つ編み。あるいはモヒカン」的な目に見えない縛りが存在すること明らかだが、恐らくきっとそれとなく察するに、この世界の意志が髪型の描写にまで尺を使いたくないという横着をキメている事が理由かと思われる。



 じゃあ仕様がないですね。



 莉子ちゃんはボブ。

 今、ボブ・サップの話はしていません。


 想像力の欠如した莉子ちゃん反体制派に向けてここは具体的な例を挙げ、メインヒロインの大活躍に備えさせるが肝要か。

 致し方ないのでよその大人気作からヒロインを借りて来よう。


 『とあるシリーズ』の初春飾利や『中二病でも恋がしたい』の五月七日くみん、『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』のメイプル辺りを混然一体にしたのち、良い感じに錬金釜から取り出すと、莉子ちゃんヘアーになる。



 ほらもう可愛い。



 彼女は実に無駄のない体型をしており、それはもう1つの完成した芸術と評しても良い。

 空気抵抗がなく俊敏な動きが可能。

 空気抵抗があるムチムチリコリコ時は俊敏な動きを解除して重い一撃も繰り出せる。


 二律背反と申されることなかれ。

 これはハイブリッドと言う。


 体術から中距離攻撃、果ては100キロ離れた位置からでも標的とその他関係ないものを一挙焼却できる超弩級砲まで攻撃スキルは豊富。

 あと自転車を創れるようになったので、チャリで来たもできる。

 健康的である。


 前置きが長くなったが、そんなこの世界のメインヒロインは今、どこで何をしているのかと言えば。


「……くすん。……怒られましたぁ。……あと、わたし結局。……ふぇぇぇ。肌着のままですよぉ……。クララ先輩? 聞いてます? コクコク……。ぐびっ」


 どら猫の背中で傷心中であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 椎名クララパイセンは莉子ちゃんと対照的に長身。

 ついでに肉体強化もほんのりと扱える器用猫なので、莉子ちゃんの運搬係を買って出ている。


 おっぱいをハンドルにされて。


「うにゃー。バニングさん、バニングさん」

「……クララ。お前とは会話も弾むし、呼んでないのにいつの間にか我が家で食事をしている事も多い。現世の大恩ある者たちの中でも、最も気の置けぬ仲と言っていいだろう」


「にゃはー。照れますぞなー」

「親しき中にも礼儀ありという日本の素晴らしい言葉を知らんのか?」


「知っとるにゃー」

「私は先ほど、ほぼ死んでいたのだが」


「だってにゃー。バニングさんが莉子ちゃん叱るからー。莉子ちゃん、あたしのおっぱいドリブルしながら傷心旅行中だもんにゃー。今敵に襲われたら大変だぞなー」

「ふっ。これが現世の大学生とやらのやり様か。論理的だ」



「あとですにゃー。バニングさんのダメージゲットしたダズモンガーさんはあたしの隣で元気に走ってるんですにゃー」

「ふっ。大学生とやらに私はどうすれば勝てる?」


 パイセンは自分の日常回のために極力何もしたくないのである。

 被害は最小限に抑えるのがどら猫のやり方。


 乳の1房や2房で済めばもはや御の字。



 パイセンが物言わぬ莉子ちゃん用の猫バスになったので、代わりに同じネコ科が助けにやって来る。

 再三申し上げているが、猫は群れの中で助け合う生物である。


「ぐーっははは! 莉子殿! 元気を出してくれませぬか! 莉子殿の明るい笑顔がなければこの先の戦い、吾輩はとても耐えられませぬ!!」

「ふぇぇ……」


 バニングさんが閉口した。

 「このダズモンガーという武人。驚異的な耐久性に加えてメンタルケア能力までお持ちか……。なにゆえここまでの戦いでこの方が出て来られなかった?」と呼吸のために口をパクパクさせて、最後に息を呑んだ。


 料理が楽しかったからである。


「ふっ。ここで戦わねば、私の汚点が増えるのみ……か。バニング・ミンガイル! 再び参るぞ!! 莉子!!」

「ふぇ!? ごめんなしゃい!! コクコクコクコク……!!!」


「ああ、いや、違う。すまん。声が大きかったな。ネクターをゆっくり飲むと良い。誰も咎めはせん。むしろもっと飲め」

「……はい」


 優等生の莉子ちゃんは幼稚園の頃から数えても、誰かに怒られた経験が極めて少ない乙女。

 褒められる事は多々あれど怒られるような事はそもそもしないし、例えば授業中に教師が突然クラスを効果範囲に指定してよく分からん理由でキレて全てを投げ出し職員室へ引っ込んでも、「わたし、代表して謝って来るね! 待ってて!」と率先して「よく分からないですけど、ごめんなさい!!」と謝罪に向かっていたほど。


 叱られる理由がないのである。


 六駆くんですら初期ロットの煌気オーラ総量お化けなのにスキルの1つも発現できないポンコツ優等生だった彼女を指導する際、スパルタでしごきまくったが「この貧乳!!」などと叱りつける事はなかった。


 怒られ耐性が低いというのは昨今、ジェネレーションギャップ問題でも上位に挙げられるヤツである。

 ガンガン怒鳴られてボコスカ殴られて「おらぁぁぁぁ!! 分かったかぁぁぁぁ!! おらぁぁぁぁ!!」と指導されていた世代が上司になり、同じノリで指導したら絶対に問題になると分かっているので逆に動きが取れなくなる。


 やんわりと「ここ。もう少し頑張れないかな?」と指導したところ、翌日には労基の人が職場に来ていたとかいう怖い話も本当にあったのかどうかはさておき、たまによく聞く。


 莉子ちゃんは普通に怒鳴られた。

 かなりショックだったらしく、その清らかな胸を痛めてしまった。


 スキルはメンタル勝負。


 これはいけない。



「うにゃー。怒られプロのあたしが私見を述べるならぞなー? 自分に非がある時はどんな怒られ方してもだにゃー。ちゃんと、にゃーって鳴いて反省したふりするのがマナーだぞな。莉子ちゃんの過失10:0だったもんにゃー。あれ、厳しかった頃の京華さんとかだったら手が出てたにゃー」


 どら猫の出番は次なので、しばらく無言で乳を差し出しておくべきである。

 今、もう誰が悪いかの話なんかしていない。


 そんなのみんな知っている。



 急に正論を鳴くものだから罰が当たったのか、莉子ちゃんの持っていたネクターがこぼれて「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ー」ととばっちりを受けたどら猫。

 哀しいことにメカ猫も日常回で出番が増えたため、隣でサポートをしてくれない。


「あの……。ダズモンガーしゃん……」

「ぐーっはははは!! そう来ると思っておりましたぞ!! こちらをお使いくだされ!! リアルゴールドでございまする!! 六駆殿がよく飲んでおられまするからな!!」


 ネクターがなくなったので、とりあえず甘い飲み物。

 これが正しいトラの流儀。


「ふぇぇ。わたし炭酸ってあんまり得意じゃないです……。クララ先輩のポニテにぶふぅぅぅぅってしちゃうかもです……」

「や゛め゛て゛に゛ゃ゛ぁ゛ー!!」


「ふっ。ダズモンガー殿。ここは私が出よう。リアルゴールドを貸してくれるか」

「かしこまりましてございまする!!」


 バニングさんはもう煌気オーラなんかないので、利き手でボトルを持つとシャカシャカと振ってから蓋を少しだけ開ける。

 当然のように黄色い液体がプシュ―する。


「ふっ。莉子。六駆のよく飲んでいる炭酸抜きリアルゴールドだ。大したものだな」


 六駆くんは普通に飲んでおります。


 バニングさんは続ける。

 もう何の罪に対してなのかは分からないが、とりあえず贖罪のために。


「六駆と同じものを、同じ戦場で口にする。これは……愛を確かめあえるのではないか? ……知らんが。いや、失敬。よく知っているが!」

「バニングしゃん!! わたし、なんだか元気が出てきました!! そうだよ! 服は次の敵さんから借りたらいいもん! この世から服がなくなった訳じゃないし! 元気だそー!! 頑張るぞー! おー!!」


 心が傷ついた時には甘いもの。

 常識なのだ。


 元気よく振り上げた小さな拳が莉子ちゃんリブートを雄弁に語っていた。

 猫バスの「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」というクラクションと共に。


 振り上げた手にはネクターがまだ残っていた。


 いくら日常回時空とはいえ、これは莉子ちゃんの可愛いところを前面に押し出しすぎたか。

 いやはや、反省である。


 諸君の答えは決まっているので、敢えて尋ねはしない。

 これが信頼、あるいは絆と呼ぶ、この世界で最も価値のあるものの1つ。


 結局のところそれは最もなのか、同率順位が複数あるのか。

 それは分からない。


 でも割とよく聞く。

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