第1167話 【きっと最後の日常回・その3】椎名クララの「まずいことになったぞな……。大ピンチだにゃー」 ~ブレないどら猫。敵陣にて、にゃーと鳴く。~

 椎名クララどら猫探索員。

 パワーアップイベントは長らく発生しておらず、最後に確認されたのは雷門さんがゴリ門クソさんになる前、そして雷門クソさんにもなる前、生前の雷門さん時代に極大スキルの種となる『強弓土器矢ストロング零式ゼロ』を学んだタイミングだろうか。


 ただ、どら猫は色んな人から色んなものをこっそり貰うのが上手い。

 戦闘スキル以外ではライアン・ゲイブラム氏から分析スキルのいろはを教えてもらっただけでほんのり分析スキルを身に付けており、元から備わっている危機回避能力に加えてトラブルを避ける実力はかなり向上した。


 メンタルは莉子ちゃんが恋愛沼に沈んだ時分には完成しており、今では隊長をさせられても少しだけ渋るが交渉の余地が少ないと見るや「あいあいにゃー」と承服する。

 既にピースとの戦い時点でタイマン勝負は不可能なレベルだったにも関わらず、サービスさんや玉ねぎ製作の脳筋ゴリラシリーズを前に逃げようともせず「終わったにゃー」と達観した様子を見せていた。


 まるで歴戦の猛者の所作である。


 今も莉子ちゃんを背負って、彼女の飲み残しのネクターが狙い定めたように胸部にぶっかかっても「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛」と反射的な鳴き声こそ上げるが、数秒後には「にゃー」と平常の鳴き声に戻っている。

 それどころか「ダズモンガーさん、ダズモンガーさん。ちょっとベタベタして莉子ちゃんかわいそうだからおんぶ代わってくださいにゃー」とネクターのダメージを代償に背中から爆弾を除去するクレバーさ。


 猫は強し。


「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


 そんなどら猫が鳴いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 パイセンの趣味は部屋にこもる事。

 巣ごもりする際のお供はお酒とおつまみとスマホでソシャゲ。

 これで1週間は余裕であり、着替えが3着ほどあれば2週間も想定内。


 こんな生活態度で完璧なスタイルを維持している、全ての女子の敵である。

 体重は常に増減が1キロの範囲で収まるし、髪は伸びてきたら小鳩さんが「まったくもうですわ」と切ってくれるし、小鳩さんに飼ってもらう前は自分で適当に切って「やっぱポニテ最強なんだにゃー」と適当に縛っていた。


 ここに来てクララパイセンの髪型の理由が明かされる。

 縛っとけばなんかそれなりに見えるのだ。


 そんなどら猫が、珍しく悲痛な声で鳴いた。

 すぐに仲間を呼ぶ。


「瑠香にゃーん!! 緊急事態だぞなー!!」

「はい。ぽこ。瑠香にゃんは多分この次にクソみたいなヤツをやらされるので、忙しいです。でもぽこますたぁの緊急事態宣言には対応させられてしまう、これ、兵器の辛いとこね。です。オーダーをどうぞ」



「スマホの充電が切れてるんだにゃー! ちょっとおっぱいにケーブル刺していいかにゃー!?」

「端的モード。良いワケがあるか。このポコ野郎。瑠香にゃんは充電器ではありません」


 パイセンのスマホの充電がお亡くなりになっていた。



 ソシャゲ誕生秘話は諸説あるが「空き時間にサッと数分で遊べるゲーム」をコンセプトにしていたという説が強く、スマートフォンがまだまだしょっぺぇ機能しか備えていなかった頃は本当にシンプルなゲームが多かった。

 それ故にライトユーザーは今でも気になったゲームはとりあえずインストールして、しばらく遊んだら惰性でログインボーナスだけゲットしてイベントがあればガチャ石やガチャ券を貰って無料分を回してなんか楽しい気分になる、そして飽きたらアンインストールを繰り返す者が多いという。


 対してパイセンはガチ勢。

 1ヶ月の課金は小鳩お姉さんと「10万円までですわよ」と約束させられている。

 「10万円までなら見逃しますわ」とあの小鳩お姉さんに言わせる時点で廃課金プレイヤーなのは間違いなく、小鳩さんがどら猫担当お姉さんになる前は一体どれほどのお金をぶっこんでいたのか考えると恐ろしくなる半面、羨ましくもある。


「瑠香にゃん! 周年イベントが!! 2月、3月、4月は周年イベントが渋滞する時期なんだぞなー!! アニバガチャ回さないと! あとはアニバイベントで限定キャラとか取らないと! こーゆうのを取り逃すとモチベ下がってヤメちゃうんだぞなー!!」

「瑠香にゃんは離脱します。そしてぽこ。現時刻は1月8日です。時空を歪めないでください」



「ふん。チュッチュチュッチュチュッチュ」


 サービスさんが芽衣ちゃま以外の日常回に記念すべき初参戦をキメた。



「サービスさん、サービスさん! なんか超スキルでスマホの充電してくださいにゃー!!」

「ふん。この猫。……やる。俺に対して物怖じせず、ぬけぬけと要望を叩きつけるとは」


「うにゃー。この状況であたしを攻撃するメリットが見当たらんぞなー。そっちに芽衣ちゃんいるもんにゃー。芽衣ちゃんとあたし、ファミレスご飯を月6でしちゃう仲だぞなー。あたしヤっちまったら芽衣ちゃん泣くにゃー」

「ふん。……高みに立つか。猫。俺の想定を超えて。チュッチュ」


「という訳で、充電してくーださい! だにゃー!!」

「ふん。電撃を扱うのはライアンだ。俺は強さを求める。器用さはいらん。チュッチュ」


「瑠香にゃーん!! おっぱいにケーブル刺すからこっち来てにゃー!!」

「ふん。あの高みに立つロボは既にいないが。そしてお前もこの後で連れ去られると芽衣ちゃまが言っていた」


「にゃー。リモート回に召喚されるのかにゃー」


 もう何を言われても動じないどら猫。

 でもソシャゲのガチャは回したい。


 彼女は宵越しの銭を持たない江戸っ猫。

 小鳩さんに管理されるまでは探索員の業務で得た報酬の使い道も極めてシンプルだった。


 まず、大学の学費を確保。

 これは絶対に欠かせない。


 大学生の肩書がなくなると専業探索ニート猫になるし、郷里から親は迎えに来るし、モラトリアムを楽しみながらじゃなければ探索員としての有能さも失われる、アイデンティティの根幹に関わる支出。

 惜しむ理由がない。


 次いで食費。

 レトルト食品と冷凍食品、水とお酒とおつまみ。

 これが楽しみでどら猫やってるまであるのだ。

 欠かせない。


 上述の資金を別口座に移したらば、余剰金で遊ぶのがどら猫流。

 かつては据え置きゲームも嗜んでいたが、ベッドから起き上がるのが面倒になりスマホへと完全移行。

 switchはおっぱいに乗せてプレイ可能。


 アパートに生息している時期など手を伸ばすか足を伸ばすかしたら届く範囲に必要なものは全て揃っていた。

 着替えもその辺に転がっており、「これはー。多分まだイケるにゃー」と猫の嗅覚で数日くらいなら同じものを着るし、下着を洗うのが面倒になったら短パンとタンクトップをダイレクトに着たり、大学の体操服を無限増殖させてやっぱりダイレクトに着たりと、初期ロットの「探索員だってオシャレしなきゃ!!」とか言っていたのは何だったのかと思わされる怠惰なロジックを形成。


 終いには「自分の汗とか体臭って……そんな気にならんぞなー!!」とナニかの極致に到達したりもした。


「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛。小鳩さん、小鳩さん!!」

「もう。聞こえていますわよ。充電なんかできるはずないですわよね。クララさんはダメなだけでおバカではないのですから、お分かりになられているはずですわ」


「だってー! ここまで何百万と課金して来たソシャゲが何個もあるんだぞなー!! それを途中でヤメちゃったら、今までの全部が損になるにゃー!!」



「ギャンブル依存症の、しかも破滅型の発想ですわよ……」


 遠くの独立国家で死んでからまた生き返った男が「マジでそれな!! パチンコに10万ぶっこんだらもう11万も同じだしよ? そこで当たるために11万入れてんだから、途中でヤメるくらいなら最初から打たねぇっての!! なぁ、クララちゃん!!」と同調する。



 最終決戦に入ってからお排泄物たちがニュータイプみたいに似た感じの性質を持つ者に感応し始めた。

 出番がもうなさそうだと気付いた途端にパワープレイを始めるあたり、本当に汚い。


「あ! いい事思い付いたぞなー!! 小鳩さん、小鳩さん!! お願いがありますにゃー!!」

「嫌ですわ。聞きませんわよ。絶対にろくな事じゃありませんもの」


「小鳩さんのスマホ貸してくださいにゃー!! よく考えたら、ガワさえあればあたしのアカウントでログインしちゃうから問題なかったぞなー!!」

「本当にろくでもないですわ!! 個人情報の詰まっている端末をどうしてクララさんに貸せるんですの!? 絶対に嫌ですわ!!」



「にゃー。あっくんさんに好きな下着の色をあたし、聞いて来ますにゃー。小鳩さん恥ずかしがり屋さんだから、勝負下着とかいう謎アイテム、独りじゃ一生キメられんぞなー? あたしは恋愛にまーったく興味ないにゃー! こんなにメッセンジャーに適役な子はいないと思うぞな!!」

「…………。んもぅ! 特別ですわよ!! はい! わたくしのスマホですわ!! 戦争が終わったら最初にラブラブミッションをするんですわよ! 約束ですわよ!! 画面ロックはあっくんさんのお誕生日ですわ!!」


 敵国だろうとにゃーと鳴いていつも通り生きる、そんなどら猫。



 背負っていた爆弾はダズモンガーくんにパス。

 サービスさんには芽衣ちゃんを使って恫喝に近い交渉を持ちかけ、不調に終わるともう無視して小鳩さんを呼ぶ。

 そして小鳩さんかいぬしの弱点を完全に把握している。


 どら猫を飼う時、どら猫もまたこちらを見つめているのだ。

 ほんのり分析スキルは自分のために使う。

 きっちり私利私欲に留めておくのがどら猫のジャスティス。


「はいはいにゃー。どーせ瑠香にゃんリモートに連行されるんだにゃー。小鳩さんのスマホはクソスペックだけど、これ持って行きますにゃー」


 日常回のメインヒロイン、椎名クララ。

 彼女はなぜ日常回でトップに君臨し続けられるのか。


「あたしにとっては日常も戦争も全部一緒だからですにゃー。特別な日なんてないぞな。生まれてから死ぬまで、ぜーんぶ日常じゃないのかにゃー」


 猫ってすごい。

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