第221話 監察官・久坂剣友の「木原の小僧はどこに行ったんじゃ」 異世界・タンプユニオール

 野頼のらいダンジョンの異界の門から繋がっている異世界の名は、タンプユニオール。

 大気中の煌気オーラ量が豊富で、実に現世の5倍近い数値を弾き出していた。


 つまり、スキルの訓練、および体内の煌気オーラ強化に打ってつけの異世界である。


 アトミルカが潜伏して、何か動きを見せるまでの駐屯地として利用する事にも適しており、久坂は「なるほどのぉ」と頷いた。

 彼は近くを漂うサーベイランスを通信モードに切り替える。


「こりゃあ、どうするんじゃったかいのぉ? もしもーし。聞こえちょるかー?」

『はい! 聞こえています! 久坂くさか剣友けんゆう監察官!』


「おお! 使えちょったか! 良かったわい。ほいで、お嬢ちゃんの名前はなんじゃったかいのぉ? すまんのぉ、ワシ横文字に弱いんじゃあ」

『いえいえ、お気になさらずに! わたしはセーラ・ハーグリーブスAランク探索員です。五楼ごろう上級監察官室に所属しています。気軽にセーラとお呼びください』


「ありがたいのぉ。ほいじゃあ、セーラ。ワシの事も気軽に久坂さんと呼んでくれぇ。いちいち監察官と付けられると、なんじゃ、ほれ。仕事してる感が襲い掛かって来て、なんちゅうたらええか、憂鬱になるけぇ」



 久坂剣友、仕事に対する意欲が六駆のそれと近かった。



『ふふっ。了解しました。では、久坂さん。何のご用でしょうか?』

「そうじゃった! なんかのぉ、タンプユニオールに入ってから急にアトミルカの連中が襲い掛かって来てのぉ。3桁のナンバーばかりじゃけど、8人ほど捕縛したけぇ、回収班をよこしてくれるか?」


 仕事に対する意欲は低くても、しっかりと仕事をする久坂。

 現在、彼はタンプユニオールの異界の門から数キロ離れた街の近くにいた。


『さすがです、久坂さん! すぐに手配いたしますね!』

「おお。セーラは日本語が達者じゃのぉ。イギリスじゃったかいのぉ? 出身は」


『はい! イギリスの探索員協会はまだ復興中なので、Bランク以上の者は各国に出向しています』

「ほうじゃったか。慣れん異国の地じゃ、何かと不便じゃろ? 今度ワシが美味いウナギ食わしちゃるけぇ。確かイギリスでも食うよのぉ?」


 久坂がウナギトークに没頭している間に、イギリスの探索員協会について語っておこう。


 彼の地がアトミルカの大規模な侵攻を受けたのは、約2年前の事。

 イギリスは元々、探索員の訓練にさほど熱心ではなかった。

 そこを狙われたのだ。


 2人しかいないSランク探索員が両名戦場で行方不明になり、残ったAランク探索員で応戦するものの、壊滅的な被害を受ける。

 近隣諸国の援軍がイギリスに入った頃には情報機器や武器をはじめとする、イドクロア加工物が根こそぎ奪われていた。


 現在は国際探索員協会によって、イギリス探索員協会は復興中。

 その間、上位ランクの探索員は各国に出向する事となった。

 無為な時間を過ごすことによる能力低下を避けるためである。


「じゃけぇの、食べ物にこそ金を使うんがワシゃ正しいと思うんじゃ。年取ってから余計思うんじゃけど、形のある物をうても死んだら終わりじゃからのぉ。その点、食い物は生きちょる間は1日3食楽しめる! そこに金使わんでどうするんじゃ!」


 イギリスの惨状を語っている間中、「ワシのかんがえたさいきょうのおかねのつかいかた」について通信で熱弁する久坂。

 その通信は全て記録に残るので、恐らく五楼上級監察官にあとで怒られるだろう。


『あっ! 久坂さん! 周辺1キロ圏内に多数のイドクロア加工物と煌気オーラの反応があります!! 恐らくアトミルカによる敵襲です!!』

「またか……。もう疲れたのぉ。年寄りをいじめよってからに。ところで、セーラの嬢ちゃん。1つだけ確認したいんじゃけど」


『戦いに関する事でしょうか!?』

「うんにゃ? 全然関係ないぞ? あれじゃよ。木原の小僧、どこ行ったか分からんか?」



 久坂監察官、未だに木原監察官との合流、叶わず。



 何のために精鋭2人で戦いに臨んだのか。

 タンプユニオールに入ってからもう1日半も経つと言うのに。


「……久坂剣友だな? 大人しく我々に捕らえられた方が身のためだぞ」

「まーた出よったわ。……ほお。お主、55番か。ちったぁ戦えるんじゃろうの?」


 行方不明の木原監察官はセーラに任せて、久坂は草刈りに精を出す事にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「トリプルフィンガーズは周囲から攻撃を仕掛けろ! 久坂に反撃の隙を与えるな!!」


 アトミルカの3桁番号は、彼らの間で「トリプルフィンガーズ」と呼ばれる。

 一般的に探索員協会では、CランクからBランクの実力に相当するとされている。


「おお……。原始的じゃが、そうなるよのぉ。1対多数のセオリーをよう理解しちょるわ。55番、なかなか冴えちょるぞ!」

「減らず口を! 更に砲火を強めろ!!」


「やれやれ。に、し、ろく……。12人もおるんじゃあ、各個撃破は面倒じゃのぉ。特別サービスしちゃろう。ぬんっ! 久坂流抜刀術! 『空蝉うつせみ虚砲こほう』!!」


 久坂は今回の任務に武器を持参していない。

 だが、久坂は多くのスキルの始祖となった、探索員協会の生き字引。

 具現化スキルだってお手の物。


 『空蝉うつせみ』は姿を持たぬ刀。

 だが、確かに存在する煌気オーラ刀である。


 それを納刀状態で具現化し、抜刀と共にオールレンジに向けて真空波を繰り出すのが『虚砲こほう』である。

 この攻撃を受けた者は、夢かうつつか判断がついた頃には倒れ伏している。


「ほぉ! 躱して見せるか! ええのぉ、3桁の連中の相手ばかりでワシも帰りとうなっちょったところじゃ。よし、かかってこんか!」

「そのように括った高が命取りだ! 『ローゼン・クロイツ』!!」


 55番は薔薇の花を具現化し、それを巨大な十字架状に構築して煌気オーラと共に放つ。


「……なじゃこりゃあ。ふざけちょるんか? ほいっ」

「な、なんだと!? これはドイツのAランク探索員のスキルだぞ!?」


「人様のスキルを横取りするからその程度の威力なんじゃ。そもそも、薔薇を具現化する意味が分からん。そんだけの量の薔薇を具現化するんじゃったら、同じ煌気オーラ量を使つこうて五寸釘でも具現化せんかい。薔薇にする意味は? のぉ、意味は!?」



 久坂監察官。スキルの元の持ち主を痛烈にディスる。



「……確かに、そうかもしれん!!」


 55番も認めるんじゃない。

 人のスキルを我が物顔で使って、挙句の果てに「なんかこれおかしいよ」みたいな顔をするな。


「そもそものぉ、薔薇っちゅうもんは、男が女子おなごに渡してこそ価値があるじゃろうが。どがいして男がじいさんに薔薇投げつけるんじゃ。どうかしちょるぞ」

「……確かに、貴様の言う通りかもしれん!!」



 もうヤメて。元の持主のライフがマイナスよ。



 55番は「これは勝負にならない」と判断して、撤退に切り替える。

 その判断は見事だったと久坂ものちに語っている。


「貴様の首はしばらく預ける! 『幻獣玉イリーガルタイガー』!!」

「まーたこれかい。……放たっちょく訳にもいかんよのぉ。街に行かれちゃ被害が出るし。まったく、いやらしい戦い方をする連中じゃのぉ」


 アトミルカの得意技である、捕えたモンスターを封じるイドクロア加工物。

 『幻獣玉イリーガル』の中は煌気オーラで満ちており、解き放たれたモンスターは極度の興奮状態であるため、目に留まった者へ無差別な攻撃をする。


「……嫌じゃのぉ。お主も嫌じゃろう? こんな形で戦いとうなかったのぉ。……『鳳凰拳ほうおうけん絶海ぜっかい』!!」


 虎型のモンスターを仕留めた久坂は、空を見上げた。

 アトミルカを殲滅するのが先か、木原監察官と合流するのが先か。


 久坂剣友の孤軍奮闘は続く。

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