第222話 監察官・木原久光の「そういや、久坂のじーさんどこ行った?」 タンプユニオール・北上中

「うぉぉぉぉい! 待てやこらぁ!! どこまで逃げる気だてめぇ!!」

「ひぃぃぃぃっ!! 52番様、あいつどこまでも追いかけてきますよ!?」


「見たら分かる! お前たちトリプルフィンガーズはスキルで弾幕を張れ!!」

「やってます! 『マッドスプラッシュ』!! でも、全然効果がありません!!」


 こちらは木原久光監察官。

 現在、異界の門から逃走したグループの1つに狙いをつけて、追跡中。

 既に1日以上この追いかけっこは続いており、戦闘不能に陥ったトリプルフィンガーズの数は実に50人を超えていた。


「そもそも、おかしいだろう!? こっちは車走らせてるんだぞ!?」

「おかしいですよ! あの監察官は普通に走ってますから!!」


 52番を中心に構成されたグループは、煌気オーラを推進力に変えて走る車型のイドクロア加工物に乗っている。

 諸君にはルベルバック戦争で活躍したアタック・オン・リコの親戚のようなものと言えば伝わるだろうか。


 それを単身追いかけて、追いつくたびにトリプルフィンガーズを何人か捕まえる男、木原久光。

 彼の必殺技は『ダイナマイト』だが、ただ拳から撃つだけでは芸がない。


 木原は脳筋であり、その認識は正しいが、バカではなかった。

 『ダイナマイト』を両足から噴射する事で、驚異的な速度と疲れ知らずの移動方法を編み出しており、これを『ダイナマイトジェット』と呼ぶ。


「うぉぉぉぉい!! 福田ぁ! 腹が減ったぞ!!」

『はい。木原さんの装備の右のポケットにドーナツが入っています。ポンデリングです』


「それはさっき食っちまったよぉ!」

『では、左のポケットを。ドーナツが入っています。オールドファッションです』


 木原監察官室に所属する唯一のAランク探索員。

 オペレーターと助手を同時にこなすのは、福田ふくだ弘道ひろみち。33歳。

 冷静沈着で木原の圧にも負けないメンタルの強さは、Aランクのみならず、Sランク、監察官の間でも有名である。


「うぉぉぉぉい! 福田ぁ! これミスタードーナツのヤツじゃねぇか!! 分かってんなぁ!! おかわりはあといくつあるんだぁ!?」

『サーベイランスの攻撃機能と防御機能を全て取っ払って、冷蔵庫としての機能に注力させてあります。その中に、あと20個ほど』


 なお、この改造を木原が申し出た際、南雲は半べそかきながら承諾したと言う。


「ちくしょう! 喉が渇いたぞ!!」

『サーベイランス冷蔵庫に午後の紅茶が入っています』


「うぉぉぉぉぉぉぉい! ミルクティーじゃねぇか! しかもあんまり甘くねぇヤツ! ちくしょう! ドーナツにピッタリだ!! 福田ぁ! やるじゃねぇか!!」

『恐縮です。ところで木原さん、そろそろ敵を殲滅して下さい。いくらなんでも異界の門から離れ過ぎです。後続の探索員があなたを捕捉できないと嘆いています』


 木原はとにかく敵を見つけて叩きのめす。

 その過程で発生する敵の残骸はその場にポイ捨てしていく。


 それを処理するのが久坂・木原の両監察官に付けられた、BランクからAランクで構成されている遠征部隊である。


「うぉぉぉっ! ドーナツ食って元気出たぜぇー!! ダァァイナマイトォォォ!!」


 木原の『ダイナマイトジェット』のギアが2つほど上がる。

 ドーナツを食べた事でテンションが上がったらしい。


「ご、52番!! 木原が凄まじい勢いで!! くっ! ここはオレに任せろ!!」

「68番!!」


「足止めくらいにはなってみせる! 『キャンドルパーティー』!!」

「うぉぉぉ!? 足元が滑るぜ!? ならばぁぁ!! うぉぉぉぉっ!!!」


 木原の『ダイナマイトジェット』がトップギアに上がる。

 彼はその凶悪な煌気オーラの噴射で、空を飛んだ。



「すまない、52番。オレのせいで、木原久光が変態的な進化を……!!」

「気にするな。逝く時は一緒だぜ!」



 木原久光、煌気オーラカーに搭乗する。

 まず、トリプルフィンガーズの残り4名を拘束。

 彼らを無造作に放り投げる。


 木原監察官。拘束の意味とは。


 残ったのは68番と52番。

 2名は最後の決死行に打って出る。


 何もせずに座して死を待つのは愚策。

 足掻いてみれば、突破口が開かれるかもしれない。


「この車が悪ぃんだよぉ! ダァァァイナマイトォォォォォッ!!!」


「ほぎゃぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

「ぐげぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」


 ただし、戦いにおいて奇跡を望む者においそれと降臨はしないもの。

 奇跡にすがった時点で負けは明白だからである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こうして木原はアトミルカを4桁から2桁まで、全部合わせて58名の捕獲に成功した。

 なお、捕獲しているのは後発の遠征部隊だが、面倒なので木原が捕獲した事にする。


「福田ぁ! ちょっと疑問に思ったんだけどよぉ!」

『はい。だいたい予想はつきますが、どうぞ』



「久坂のじーさんどこ行った!?」

『あなたが異界の門に飛び込んでから1度として交わっていません』



 久坂は異界の門近くで「結局タンプユニオールから出るにゃあ、ここを通らんといけんけぇのぉ」とおじいちゃんの知恵袋を展開中。

 「動くのが億劫」と言う本音を隠しながら、アトミルカの本隊を待ち伏せする策に移行していた。


 一方の木原はネズミを追いかけるネコのように、目の前で逃走するアトミルカの一団を見つけては追跡し、それが終わればまた手近なところで同じことを繰り返す。

 「監察官を分断する」と言うアトミルカの目的は果たされていたが、その被害は彼らの想像をはるかに上回っていた。


「ちくしょおぉう! 俺ぁ早く現世に戻って、芽衣ちゃまの応援しなくちゃならねぇのによぉ! 福田ぁ! チーム芽衣ちゃまはどうなってる!?」

『チーム莉子です。1回戦は順当に勝ち残っていますよ』


「お前ぇぇ!! なんで自分だけ観戦してんだよぉ! どうじでぞんな酷い事ができるんだよぉぉぉぉ!!!」

『木原さん、サーベイランス冷蔵庫によく冷えたフレンチクルーラーが入っています』


 福田Aランク探索員。

 彼は目立った功績を残して来た訳ではないが、特に同ランクの探索員からは崇め奉られている。


 木原久光をある程度とは言えコントロールできる才能は、稀有であると。


「仕方ねぇな! 俺ぁタンプユニオールでもうひと暴れするかぁ! 近場にいる煌気オーラのデカいヤツの座標を送ってくれぇ、福田ぁ! じーさんが出口で構えてんだったら、追い込み漁の要領で、アトミルカの連中をこの世界にいられなくすりゃあいいんだろう!?」


 そして繰り返すが、木原久光は脳筋だが、バカではない。

 自分の役割を明確に理解しており、ドーナツで栄養補給をしたらすぐに仕事に取り掛かる。


 彼も探索員協会本部の8人しかいない監察官の1人。

 それなりの自覚と責任は持ち合わせていた。


『ここから15キロほど北西に行った地点にAランク相当の煌気オーラが3体、Bランク以下が12体ほど確認できました。座標を送ります』

「よっしゃあ! うぉぉぉい! モニターが小せぇよ!! 見えねぇじゃねぇの! 最近、細かい字がよく見えねぇんだよ、俺ぁよぉ!!」



『サーベイランスを冷蔵庫に改造させるからです。自業自得です。冷蔵庫の中に、良く冷えたハズキルーペが入っています』

「ちくしょおぉ! 至れり尽くせりじゃねぇか! 福田ぁ! 帰ったらボーナスだ!! 芽衣ちゃまのプロマイドやるよ!!」



 福田は感情のない声で「ありがとうございます」と答える。

 月刊探索員の木原久光特集で「監察官と上手く付き合うコツは?」と聞かれた福田は「必要なこと以外、何も考えない事です」と答えていた。


 常人にはそれが難しい。


 木原・福田の爆撃機コンビは新たな獲物を求めてタンプユニオールをさらに北上する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る