エピローグ後編

第1384話 【エピローグオブ南雲家の出産前夜・その1】ついに産まれる! すんなり産まれてくれるのか!! 南雲さんのくっそ長い1日!! ~みんな大好き、大長編ナグえもん~

 南雲修一(上級)監察官。

 初登場時は37歳だったが、現在は40歳という事実。

 つまり初期ロットとしてこの世界に登場した直後にハッピーバースデーを迎えたにもかかわらず、触れてもらえなかったという事。


 そんな南雲さんのお嫁さんは京華さん。

 ワイフに年齢を尋ねるという事は「ホールドアップじゃ、バカ野郎!」と警告されているのにクラウチングスタートで突進するが如き、天に唾す行為。



 南雲京華さん。42歳である。



 現在、お腹には双子が宿っている。

 2歳年下の旦那と、元気で利発な子供が2人も増えて、これから賑やかになるであろう南雲家。


 そう。

 ついにその時が迫っていた。


 時は8月第1週。木曜日。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日の南雲上級監察官室はいつも通りの雰囲気で、いつも通りの職場だったとは山根くんの回顧録にしたためられた文言。

 だが、山根くんは「あれっすね。アレがナニしそうな気配してたんすよ」とのちに語る。


 吉事だろうと凶事だろうと、起きてしまった後には往々にして「なんかアレがナニするなって思ってた」と人々は口にしがちであるが、実際のところその日はアレがナニする予兆がいくつかあったのである。


「南雲さん。ちょっといいっすか」

「うん。コーヒー淹れたよ。はい、君の分」


「あざっす。それで、南雲さん」

「どうし……あ゛! ちょっと待って! 山根くん!!」


 南雲さんがコーヒーカップを見て驚愕する。

 すぐにその理由を副官に告げた。



「私のコーヒーに……!! 茶柱が立ってるんだけど!? なにこれ!?」

「ゴミじゃないっすか?」


 コーヒーに茶柱が。



 茶柱といえば吉事を想起させる、身近で見つかる小さな幸せの先っぽとして広く知られている。

 しかし、コーヒーに茶柱はいかがなものか。


「あっ! すみません! 南雲さんのカップでお茶飲んだの僕です! うふふふふ!!」

「逆神くん、君ぃ!! 別に使うなとは言わないけどさぁ!? 使ったら洗いなさいよ!! というか、君たちチーム莉子のメンバー全員分のマイカップあるでしょ!? 私、作ってあげたじゃないの!!」



「えっ!? 僕、もうチーム莉子じゃないのに、まだマイカップ使っていいんですか!?」

「私のカップ使われるよりはずっと良いよ!?」


 逆神六駆が上級監察官室に滞在中。



 六駆くんといえば、凶事か波乱か荒天か、とにかくハッピーがなんだかフライアウェイなイメージを想起させられる、この世界では身近で見つかる「なんか始まるな、これ」の先っぽとして広く知られている。

 大学は夏休み、莉子ちゃんはお出かけ、午前中に芽衣ちゃんとノアちゃんの修業を見てから暇だったのでやって来た。


「まあまあ。いいじゃないっすか。南雲さん。それよりもなんすけど」

「うん。まあ、今回は本当に別にいいんだけどね。私はコーヒー派だけど、日本茶だって飲むし」


「えっ!? 南雲さんってコーヒー以外の水分を口にしたら死んじゃうんじゃないんですか!?」

「話が進まないのよ!! 遊びに来るのはいいけどさぁ!! 私たち、基本的にここにいる時って仕事中なの! 知ってるでしょうよ!!」


 山根くんが告げた。

 これは紛れもない凶事であった。


「全世界で同時に3つ。ダンジョンが発生したみたいなんすけど」

「うん。あるよね。そういうこと」


「全部、うちにどうにかしろって要請が来たんすよね」

「ひどいよね。雨宮さんの頃はさ、こんな事なかったのに。私って舐められてるのかな?」



「とりあえず全部受けときました。うっす」

「やぁぁぁぁまぁぁぁぁねぇぇぇぇぇぇ!! なんでそんなことするの!?」



 だって南雲さんが日本本部で1番偉いんですから。

 偉い人が働かないでどうするんですか。


 そんな意味合いの軽口を山根くんが叩くと、六駆くんが「でも、トップにガツガツ仕事されるとプレッシャーですよね。部下って。うわぁ! じゃあこっちも仕事しなくちゃ!! って思いません?」と応じる。


「あー。あるっすねー。南雲さん。勘弁してくださいっす」

「そういうの良くないと思いますよ! 僕! うふふふふふふふふふふふ!!」


 ここまでは割とよくある南雲さんの苦労。

 この程度ならば「はぁ。コーヒーもう一杯淹れよう」で済む。


 南雲さんのスマホが震えたのは2杯目のコーヒーを求めて立ち上がった、その瞬間だった。


「おっと。ちょっと失礼。私用だけど出るね。妻からだ」


 京華さんから電話が。

 来たか。


 その時。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 南雲京華さん。

 出産予定日は8月の下旬。

 「そろそろベビー服を贈っておくか」と日本国内だけではなく、世界各国の探索員協会も動き出しており、もう南雲家にはベビー用品が100種類以上届いている。


『ああ。修一か。すまんな。仕事中に』


 落ち着いた口調の京華さん。

 南雲さんもどこか安堵して応じた。


「どうしました? なにか必要なものがあれば、買って帰りますけど」

『いやな。修一』


「はい」


 京華さんが言った。


『なんか、腹が痛いのだが』

「えっ」


『割と痛い』

「えっ!? あ、あの、えっ!?」


『腰が取れそうなくらい痛い。これはどうしたら良いと思う?』

「いつからですか!?」


『今朝だが』

「なんで言わないんですか!! お医者様にも言われてたじゃないですか!! それ、陣痛ですよ!!」



『えっ!?』

「くそぅ!! 逆神くん! これは八つ当たりだと思うけど!! 君が来てからなんだよ!! みんなが大事なところで急にさ! えっ!? って、とぼけるようになったの!! この2年、いつもそうだった!!」



 今回ばかりは六駆くんも八つ当たりを引き受ける。

 南雲京華さん、もう産まれるってよ。


「と、とにかく! 私、すぐに帰りますから! 京華さん、まだ我慢でき……いや、我慢してていいのか!? 朝からでしょう!? それもうとっくに我慢してて良いシークエンス過ぎてませんか!? ええと、あ! ダンジョンが! ダンジョンの処理を今日中にしておかないと! あの、京華さん! 落ち着いてください! 落ち着いて、ああダメだ!!」


 南雲さんの煌気オーラが急上昇していく。

 それが煌気オーラ爆発バーストに変化するまでに時間は要さなかった。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 『古龍化ドラグニティ』!!」


「何してるんですか。南雲さん」

「この人、プライベートになると脆いタイプなんすよ。逆神くん。正気に戻してやってくれるっすか?」



「チャオ☆彡」

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」


 ナグモさんが真横にすっ飛んで行って、南雲さんに戻った。



 六駆くんにぶん殴られた腹部を押さえて、南雲さんはまだ混乱の渦中にいた。

 「なんかお腹痛い」と呟く。


「南雲さん!! 京華さんはもっとお腹痛いんですよ!! 何してるんですか!! 早く行ってあげてくださいよ!! 何のために僕がここにいると思ってるんですか!?」

「えっ? 逆神く……? ん? えっ? 前半はとても胸に刺さったけど、後半は本当に、えっ!?」


「上級監察官の仕事。……僕に任せてくださいよ!」

「えっ!?」


「大丈夫です! 責任取るのはどっちにしろ南雲さんなので! だったら後悔の少ない選択をした方が良いですよ!! 人生にやり直しなんかないんですよ!!」

「えっ!?」



「さあ! 早く行ってください!! 山根さん!! 僕の指揮で日本本部を動かします!」

「うっす! 逆神上級監察官代理! 了解っす!!」

「えっ!? えっ!? ねぇ! 私、子供が産まれるのよ!! 仕事失くすの困る!! 私、逆神くんに全てを委ねるか委ねないかの二択なの!?」



 逆神六駆上級監察官代理が爆誕。

 南雲修一にとって人生で最も長い夜が始まろうとしていた。


 なお、まだお昼過ぎである。

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