第406話 戦う者と逃げる者と刈り取る者と負ける者
加賀美政宗は苦戦していた。
相手の囚人パウロ・オリベイラはのらりくらりと愚痴を呟きながら、加賀美の繰り出す剣技を躱していく。
加賀美の後方には疲労が見えるとは言え、小鳩や土門佳純が控えている。
あと、
これが意外と加賀美をサポートしていた。
パウロは物事をネガティブに考え、常に「最悪のパターン」を想定するどころか、「最悪のパターンの床がさらに抜けた場合」まで想定して行動する。
そのネガティブさが災いして、南米探索員協会に逮捕された経緯がある。
当時、暗殺家業で生計を立てていた彼は、アジトが全然包囲されていないにもかかわらず「もう逃げ場がない」と勝手に観念して出頭し捕まった。
バカなのだろうか。
だが、そのネガティブさを最大限に活かす戦法は強力であり、「まずは全部の攻撃パターンを見ないと危ないよなぁ」とパウロは受けに徹していた。
「くっ! 消耗戦が狙いなのか!! 攻撃されないが、こちらの攻撃もまったく当たらない!!」
「うわぁ、出たよ。そう言って油断させて、いきなり本気出すタイプだこの人。もうね、分かるんだよなぁ。ボクみたいなのって、基本出オチなんだよ。場面転換の間にサクッとやられちゃうんだよ。嫌だなぁ、本当にさ」
かつて、これほどまでに攻撃性の乏しい敵と対峙した事がない加賀美政宗。
苦戦の色は濃さを増していく。
逆神四郎が山嵐助三郎の治療をしている以上、雨宮順平上級監察官の帰参を待つしか加賀美の取り得る作戦もないのが現状。
膠着状態は続くようである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
雨宮順平上級監察官。
彼は先ほど四郎に救われた事に感銘を受けていた。
さらに、四郎に対して大いなる尊敬の念を無条件で放出している。
この世に「活きの良いおっぱいを好まない人間」がいると、彼は初めて知った。
海岸線で戦う者にバカが多いのは気のせいか。
「おじさんもさー。ちょっと反省したんだよねぇー。まさか、おっぱいがお礼にならない人がいるとは思わなくてさ。だったら、もう戦って結果を出すしかないじゃない?」
これまでどういう人間とどういう付き合い方をして来たのか。
40半ばのおっさんの人生観の儚さを感じざるを得ない。
「ぐぅぅ! やはりこの男、強い……!!」
そしておっぱいに疑問を持ち始めたおっさん相手に苦戦するZ7番ロン・ウーチェン。
「おじさんね、さっきから考えてるのよ。世の中におっぱいよりも高尚な存在ってあるのかなって。川端さんとかさ、おっぱいがあれば後は水と塩だけで1週間生きられるってこの間言ってたもん。普通はそうだよね?」
「な、何を言っているのかまったく意味が分からない!!」
Z7番に同調するところ大である。
「教えてくれるかい? アトミルカの……多分2番から10番の間くらいの君」
「……ぐぅぅぅ!」
ロン・ウーチェンは考えた。
現状、どう足掻いても雨宮に勝てる見込みが自分にはない。
ならば、会話にでも何でも応じて時間を稼ぎ、ヴァルガラ行きの方舟に飛び乗るしか助かる道は存在しないのだと。
そう考えてからは速かった。
元々、Z7番は軍事拠点・デスターで共に過ごしたZ4番グレオ・エロニエルおよびZ6番ヒャルッツ・ハーラントとは根本的な考え方が違う。
彼らは騎士道であったり、義理や人情であったり、自己の主義主張を貫くタイプだったが、ロン・ウーチェンは自己の利益のためなら個人の考えなど簡単に放棄できる。
「そ、そうだな! おっぱいなどただの脂肪の塊よ! そのようなくだらん物に惑わされていい男ではない、貴様は!!」
Z7番、立ち入ってはならない領域に踏み込む。
「君!! なんてことを言うんだ!! おっぱいは世界平和の象徴でしょうが!! これは侮辱されたおっぱい男爵の分!! 男爵リスペクトスキル!! 『
「なっ、ま、待て! うが、ぐぇあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「川端さんの前で、よくもそんな酷いことが言えるな! 君ってヤツは!! 川端さんのスキルを喰らって、反省しなさい! もう、おじさん激おこぷんぷん丸だよ!!」
「こ、こんな、くだらんスキルで……」
雨宮順平上級監察官。
Z7番ロン・ウーチェンとの戦いも危なげなく勝利する。
なお、自分の必殺技に「乳房!!」とか付けられた川端一真監察官は、緑の治癒膜の中で独り涙を流していたと言う。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、元中央制御室跡では。
「うぉぉぉぉん! ダァァァイナマイトォォォォ!! 逆神よぉぉぉ!! お前もやったれぇぇぇ!!」
「これはなかなか爽快だなぁ!! ふぅぅぅんっ! 『
木原久光監察官と坂上六駆の混ぜるな危険コンビが猛威を振るっていた。
「ボンバァァァァァァァイ!! ファイアァァァァァァァァ!!」
Z5番が肉弾スキルで応戦する。
が、どうやらボンバーよりもダイナマイトの方が何枚か上手らしい。
「気合は気に入ったけどよぉぉぉ! それじゃあオレ様は止められねぇぜぇぇぇぇ!!」
「ボンバッ!? Z3番様! まずいです! この男、自分よりも強いです!!」
Z3番も苦戦していた。
脳筋を木原が引き取った結果、久坂剣友監察官を筆頭に、雷門善吉監察官と楠木秀秋監察官が3人がかりのスキルを自分に浴びせられる状況が作られる。
「ええい! これはいけませんよ! 2番様の信任にお応えするはずが……!! このままでは、ウォーロストに逆戻り! くぅぅ、忌々しいですね! わたくしのイドクロア装備さえあれば、相手が何人であろうと勝てると言うのに!!」
「言うてくれるのぉ。ワシらも一応、探索員の代表選手として来ちょるわけじゃけぇのぉ。雑魚扱いは酷くないかいのぉ? 雷門の! 楠木の!!」
「イェアヒッフゥー!! 『
「雷門くんの後にスキルを使うのはなんだか嫌ですねぇ。『ソニックアロー・六十四連射』!!」
本来サポートを得意とする雷門、楠木両監察官。
彼らが適切な立ち位置に戻った以上、久坂チームは盤石。
だが、アトミルカ側にも師弟の情はあるらしかった。
「これはこれは。Z3番様、苦戦しておられるようですね」
「く、クリムト! 何の用ですか!? 師匠を笑いに来たのでしょう!? まったく、あなたは昔からそういうところがありましたからね!!」
3番は「やれやれ」と首を振って、何かをZ3番に投げつけた。
それは『
「私はあなたを師匠にした事が今の地位に直結していると心得ています。そして、Z3番。あなたはまだ利用価値がある。ゆえに、不肖の弟子からプレゼントです。どちらもあなたがかつて考案したものです。使い方は言わずとも?」
Z3番が地面に
「お礼は言いませんよ、クリムト! わたくしに礼を言って欲しければ、今こそ力を合わせて監察官どもを倒すのです! ……ちょっと、どこへ行くのですか!?」
「私は私で任務がありますので。こちらにはたまたま進行ルート上だったため、少し寄り道しただけです。Z3番様、ご武運を祈っておりますよ」
そう言うと、3番は彼が来た方向へと飛び去って行った。
「獲ったどぉぉぉい! うぉぉぉん! これ何番だぁ!? 逆神ぃ、知ってるかぁぁ!?」
「多分ですけど、3から10番のうちのどれかですよ! 僕の手柄にしてください!!」
Z5番が敗れ去った様を見て、Z3番は作戦を変更する。
「これ以上の戦闘は無為に兵を失うだけのようですね……」
アトミルカ脱獄チームもふるいにかけられ、実力者の選別が済みつつあった。
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